重なり合う米国と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(沈军 贡/stock.adobe.com)
重なり合う米国と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(沈军 贡/stock.adobe.com)

第二次世界大戦の終結、そして冷戦の幕引きを経て、世界の政治・経済秩序を規定してきたのは疑いようもなく米国であった。自由主義、人権、民主主義という普遍的価値観を掲げ、基軸通貨ドルを血脈とした「パックス・アメリカーナ」は、単なる一国家の覇権を超え、グローバルな標準そのものとして世界を覆ってきた。

■奇妙な主客転倒

21世紀に入り、急速な経済発展を遂げた中国や、旧ソ連の版図回復を狙うロシアが台頭すると、米国はこれらを「現状打破勢力(リビジョニスト)」と名指しし、自らを国際秩序の守護者、すなわち「現状維持勢力」と定義することで正当性を担保してきたのである。

しかし、今日の国際情勢を眺めれば、そこには奇妙な「主客転倒」とも呼ぶべき逆転現象が鮮明に浮かび上がる。かつて秩序の構築者であった米国が、自ら作り上げた制度を内側から破壊する「現状打破国」へと変貌し、野心的な新興勢力であった中国が、既存の枠組みの守護者を自任する「現状維持国」を演じるという皮肉な構図である。

この逆転の震源地は、米国内部における内向きの政治力学にある。トランプ政権に象徴される「アメリカ・ファースト」の潮流は、多国籍間の枠組みを自国の足かせと見なし、パリ協定やWHOといった国際組織からの離脱を厭わない姿勢を見せた。

自由貿易の旗振り役であったはずの国が、関税を外交の武器として振り回す保護主義へと回帰し、イランやベネズエラに対して力の行使を躊躇なく行う姿勢は、国際社会の目には既存のルールを恣意的に書き換える現状打破者のように映っている。米国の行動原理は、もはや「秩序の維持」ではなく、自国の利益を最大化するために「秩序を再編、あるいは解体する」ことへとシフトしている。

■戦略的に立ち回る中国

対照的に、中国の立ち回りは極めて戦略的である。米国が国際的な責任から後退する隙を突くように、中国は習近平指導部のもとで「自由貿易の擁護者」という看板を掲げ始めた。ダボス会議などの国際舞台において、中国はグローバリゼーションの重要性を説き、多国間主義の正当性を強調する。

一帯一路などの独自の広域経済圏構想を推進しつつも、その言説の根底にあるのは「国連を中心とした既存の国際体系の維持」という建前である。米国がルールを破り捨てる一方で、中国がそのルールを利用して自らの指導力を演出するという、逆説的な光景が日常化している。

もちろん、この逆転現象はあくまで表層的なレトリックの側面を孕んでいる。中国が主張する「現状維持」とは、自国の専制的な体制を批判されないための防壁であり、既存のシステムの隙間を縫って自国に有利な影響力を拡大するための手段に過ぎない。また、米国の「現状打破」も、既存の秩序が形骸化し、もはや米国の国益や現実の国際バランスに即していないという焦燥感の裏返しでもある。

■力と演出が交錯する不透明な時代

しかし、この役割の入れ替わりが世界に与える心理的・実質的な影響は看過できない。本来、国際社会の安定を保証すべき「警察官」が予測不能な攪乱者となり、挑戦者であったはずの国が秩序の安定を説く状況は、中立的な立場をとる多くの新興国や途上国に一種の混乱を招いている。

価値観の輸出を放棄した米国と、経済的実利を武器に秩序の担い手を装う中国。この「逆転の構図」が定着する中で、世界はもはや一貫した規範を失い、力と演出が交錯する不透明な時代へと突入している。私たちは今、かつての常識が通用しない時代の入り口に立っているのかも知れない。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。