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(13)開いた窓 個人尊重の社会へ好機
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 「地域で歯を食いしばる私らには、何の後押しもないんですか」

 震災で工場が全壊し、やむなく自宅の二階でミシンを動かす縫製業者(55)は、復旧融資の手薄さを切々と訴えた。

 長年勤めたプレス工場を震災後、解雇されたパート女性(45)は、新たに移った会社でノルマを与えられ、達成できなければ「給料泥棒」とののしられた。耐え切れずに退職、いま、震災前の会社のよさをしみじみ思う。

 「あんなに安易に使われるなんて…。いくらパートでも、働くのは生きがいなのに」

 連載では、被災者の多数を占める、そうした普通の人々に焦点を当てた。弱者でも、強者でもない。自力で何とか立ち直ろうとしている。しかし、多くの壁があった。震災による困難の向こうに、社会の仕組みのおかしさがのぞいた。

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 生活再建には「住」とともに日々の糧を得る「職」が不可欠だ。だが、震災失業の把握からして十分だったのか。

 「震災の影響は沈静化」という県労働部のデータには、例えば店を失った自営業者の多くは抜け落ちる。ある民間の調査は「震災失業は十万人以上」と指摘。「公表数字は一ケタ少ない」という人材派遣会社もある。

 人材派遣大手、パソナグループの南部靖之代表は震災直後、直談判のため労働省を訪ねた。

 「雇用不安の解消のため、時限立法で規制を緩和し、神戸で認可外の職種の人材派遣をさせてほしい」。しかし、回答は判で押したような「営利の民間は認めない」だった。

 みぞうの大災害の中でも、従来の枠組みは堅持する国の姿勢は、復旧・復興予算の配分にもあった。道路や港が前倒しで復旧するのに、一向に減らない更地。この落差はなぜなのか。

 答えは「住専問題」が明瞭(めいりょう)に示してくれた。個人より全体。上をうまく回せば、下もうまくいく、と。しかし、被災地には「街に人が戻らないと、本当の復興につながらない」との多くの声があった。

 都市型大災害が示したものは、個人への支援が地域の復興・活性化につながる、下から上への新たな可能性ではなかったか。同時に、税金の使われ方にもっと目を向ける、納税者の自覚に迫られた。

 一方、震災後の混乱のなかで、「働くこと」の意味が問われた。被災労働者ユニオンの黒崎隆雄委員長は「雇う側も働く側も、『働くこと』をめぐる法律や社会の仕組みについて、あまりにも無関心すぎた」と指摘する。

 かつてない数の「職」が一時期に揺らいだ震災の現場で、無関心の積み重ねによる問題が噴き出した。人権が揺らいだ。

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 阪神大震災が起きたその日、ロサンゼルス市は一年前のノースリッジ地震の報告書をまとめた。その中でこう述べている。

 「災害直後のほんのわずかの間だけ、自らの弱点を垣間見せてくれる『窓』が開く。その間には通常の時期ならできないような試みを企てることが可能である」

 六千人を超す犠牲を出した痛切な体験を経て、懸命に立ち直ろうとする多くの人々がいる。その自立を阻む壁を通して見えた「自らの弱点」。窓は開いた。しかし、「それは素早く過ぎ、閉じてしまう」とも報告書は記している。

(記事・磯辺康子、加藤正文、宮沢之祐)=この章おわり=

1996/3/17
 

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