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(11)しわ寄せ 底浅かった「女性の時代」
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 「震災前は、『パートだから弱い立場は当然』と思い込んでいた。被災地に限らず、そう思って我慢し続けている女性が、大半と違うかな」

 神戸市内の食品工場で深夜勤務をする山崎和子さん(51)=仮名=は、目を開かれる思いがした一年前の経験を振り返る。

 会社から「再開のめどが立たない。自宅待機を」と言い渡されたのは、震災直後だった。二月になっても会社からの電話はない。不安に思って連絡すると「失業給付をもらって」と言われた。会社から渡された離職票には「自己都合退職」の文字。「何かおかしい」と疑問がわいた。

 テレビで見た「被災労働者ユニオン」を思い出した。「組合って、どんなとこやろう」。迷いを振り切って恐る恐る相談。三月、パートの仲間と共に組合を結成した。

 以後、”反乱”にあわてた会社は「企業の論理」をまざまざと見せつけ、初交渉からわずか十日後、職場に戻った。

 パートとはいえ、午後十時からの午前五時までのフルタイムの深夜労働。工場の開設時から、五年以上働いている。なのに、震災前から外国人を低賃金で雇い始めていた会社は、震災を理由に、賃金の高い自分たちを解雇しようとしたとしか思えない。所せん、「いつでも切れる存在」としか考えられていなかったのだ、と感じた。

 「管理職は『金やらんとしょうがないな』という感じ。今は怒られることもなく、放ったらかし。でも、ここを辞めたら、同じ条件で雇ってくれるとこはないから」

 会社への不信感を抱きつつ、山崎さんは今日も夜の電車に乗り込む。

    ◆

 地震そのものは被災地を一様に襲った。しかし、回復過程の打撃は、一様ではなかった。大企業より中小企業、若者より中高年、男性より女性、そして正社員よりパート。

 甲南大学経済学部の熊沢誠教授は、震災の後、弱い側へのしわ寄せが、雇用の場でも目立ったことを問題視する。

 三月上旬、神戸ワーカーズユニオンなどが開設した「パート110番」。十三年間、レストランで働いてきたという五十代の女性は、電話口で悔しさを抑え切れないようだった。

 「地震後、自宅待機と言われて結局、そのまま。なのに、職場では新しいパートの人が働いてるし、募集もしてるんです」

 地震から一年が過ぎた今も、”震災解雇”の傷跡を引きずる女性は多い。

    ◆

 山崎さんが相談を持ちかけた被災労働者ユニオンの「労働・雇用ホットライン」には、昨年二月以来、約二千件の相談が寄せられている。その約七割は女性。ほとんどが「解雇」や「雇用保険」に関するものだ。

 「パート女性はどんどんフルタイム化し、もはや補助労働ではなくなってきている。が、依然として企業は『雇用の調整弁』としか考えていない」と、同ユニオンの黒崎隆雄委員長。

 「震災は、バブル期に高給で雇ったパートを切るための”口実”に使われた」とも指摘する。

 男女雇用機会均等法の施行から十年。被災地に見るしわ寄せの構図は、叫ばれた「女性の時代」の底の浅さを映し出した。

1996/3/15
 

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