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(1)職人の気概 洋服の街・神戸支えて
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■なぜ「個人」が救えない

 震災で思い知り、住専問題で確信した。「個人」が大切にされないな、と。

 四日夕、神戸市中央区の洋服仕立業、中島正義さん(58)は、苦い思いでテレビを見た。住専処理策を盛り込んだ予算案の裁決をめぐる国会の緊迫、代議士ピケの映像を伝えている。

 「心から反対して座り込んでいるのか。その金を被災地に、とは言わん。けど、税金がそんな使われ方するのは本当に腹が立つ」

 手元には、約五千人分の署名がある。二月、三宮の街頭や仮設住宅で集めた。震災前なら、怒ってはいても、行動に出ることはなかっただろう。淡々とはしているが、あの地震で自分は少し変わった、と思う。

 「あまりにも『全体』が優先され、結局、ピラミッドの下のほうで働いている人間にシワ寄せがくるんとちがうやろか」

    ◆

 祖父の代からの、根っからの職人だ。洋服の街・神戸の歴史を生きた祖父に技術を学んだ。独立して、三十余年。この道以外、考えたことはなかった。

 しかし、自宅兼仕事場は地震で全壊した。以来、失業といっていい状態が続く。混乱のまっただ中で、洋服を仕立てる人など、いるはずもなかった。

 十一月になって、震災後初めての仕事が入った。独立当時からの得意客の医師が注文してくれた、スーツ三着。叔母の家の一室を借り、仕立てを始めた。以来、注文がポツポツ。震災前の収入には、ほど遠い。

 八十二歳の母親と妻、子供三人の六人家族。区内の仮設住宅に住み、貯蓄を取り崩す生活が続く。全壊世帯への義援金を受け、家財用の融資を受けた。が、他の融資制度は、保証人選びなどで利用が難しい。「第一、借りる以上は、返すめどがないと」。

 自宅は、補修して住む予定で、もうすぐジャッキアップ工事が始まる。近々、その資金も用意しなければならない。「壁紙は自分で張ろか」。工事を頼んだ知人との話し合いの中には、そんな言葉も交じる。

 二月下旬、仕立て職人らが集まるオーダー紳士服の展示会。久しぶりにスーツを着た。心なしか、顔がピリッと引き締まった。

 約百通の招待状を出したが、注文は二日間で二人だった。いずれも、避難所で知り合った人だ。

 「信頼して、注文してくれた。きちんと作らなね」

 かつて「ファッション都市宣言」をした神戸市。中島さんも、ファッション市民大学に通い、デザインや色づかいを学んだ。その経験が今も役に立っている。「神戸を支えてきた」という気概がある。

    ◆

 兵庫県は、震災失業者を約一万八千人と推定している。震災後の約三カ月間、急増した新規求職者数から割り出した数字だ。昨年五月以降、その求職者数は前年同月とほぼ変わらない状態が続き、兵庫県労働部は「震災の影響は沈静化してきた」とする。

 しかし、公の数字はすべて、職業安定所の窓口を通じてはじいている。中島さんのように「職安なんて行ったこともない」という人は、その数に含まれない。自分の店が壊れ、勤め先が壊れ、収入の基盤が揺らいだ人に、行政の目は届きにくい。

 「そんな人は、自分の周りにもたくさんいる」と中島さんはつぶやく。

    ◆

 弱い者でもなく、強い者でもない。震災の痛手から、自分の力で立ち直ろうとする者。被災者の多くを占めるその人々の前に、厚い壁がある。いま一歩、の後押しが薄い。なぜ、自立への意欲は実らないのか。

1996/3/5
 

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