「不幸中の幸い」がいくつかあった。
一九九五年一月十七日は、神戸市東灘区の「エム・シー・ターミナル神戸事業所」に液化石油ガス(LPG)の輸送船が着岸する予定日だった。三つある二万トンタンクに補給する直前、阪神・淡路大震災が発生した。だから、ガス漏れを起こしたタンクの貯蔵量は、六千七百トンになっていた。
事業所の敷地内では液状化が起き、ひざまである泥水の下には、あちこちに亀裂があった。岸壁は崩れ、地盤がずれ落ちていた。それがガス漏れの原因になった。タンク本体は強固な九十七本の杭(くい)に支えられていたが、周囲の配管がずれ、元弁にすき間ができた。
しかし、亀裂の水が後に役立つことにもなる。
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エム・シー・ターミナルは十七日午前十時、LPG漏れを一一九番通報する。LPGの監督官庁の兵庫県計量保安課にも連絡した。それまで、電話がつながらなかったという。
その日、神戸市東灘区では十七件の火事が発生。消防署は対応に追われていた。当初、ガス漏れの量は少なかったため、事業所だけで対応することになった。
午後、事態が悪化する。液化ガスの漏れは毛布でくるんでも止まらなかった。同四時、兵庫県に「漏れる量が増えた」と連絡が入る。その後、電話が不通になり、県は同五時、担当職員を事業所へ派遣した。東灘消防署も同十一時半、現場へ情報収集に向かう。
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満月だった。エム・シー・ターミナルに、石油やLPGのタンク六十九基の陰が林立している。
十八日未明。当時、同署の消防第一係長だった山根克俊さん(48)は、藤原潤一郎さん(54)ら深田池出張所の隊員四人とともにポンプ車でガス漏れの現場へ向かった。
タンクを囲う高さ三・六メートルの防液堤に亀裂がいくつもあった。ガスは透明で無臭なので、拡散していてもわからない。堤の外の数カ所でガス濃度が爆発下限界を超え、検知機が鳴った。
「シュー、シュー」と音がしていた。低温のLPGが気化し、熱を奪って霧を発生させた。
防液堤の上に発泡機をすえた。堤の内側によどむ霧が、月明かりに浮かんだ。発泡機を落とした際の火花でも爆発する。藤原さんは「三途(さんず)の川に来てしまった」と身をこわばらせた。
本来は消火用の「高発泡」と呼ばれる泡を、漏れたLPGにかぶせ、気化を抑える。県計量保安課の考えた作戦だ。
ところが、断水で泡の原液に混ぜる水がない。岸壁が崩れ、海にも近づけない。結局、液状化で水がたまった亀裂にポンプを突っ込んだ。午前六時、泡を発射し始めた。
同時刻、神戸市東灘区の南西部一帯に避難勧告が発令された。が、山根さんたちは知らなかった。
2005/1/20