爆発すればどうなっていたのか。
阪神・淡路大震災の発生時、エム・シー・ターミナル神戸事業所(神戸市東灘区)は二万トンタンク三基に計二万二千トンの液化石油ガス(LPG)を貯蔵していた。元弁が破損したタンクには六千七百トンが残っており、約百二十八時間かけて推定百四十トンが漏れ出た。
神戸大学工学部助教授の今駒博信さんは「避難勧告は必要だった」と評価する。「漏れれば、ほぼ間違いなく出火する。震災のときは運がよかっただけだ」
一方で被害範囲を「低温で漏れた場合、気化する率が分からず、どう広がるか、火に囲まれて誘爆したらどうなるか、予測しにくい」とする。LPGの保管は、高圧か常圧低温のどちらか。前者が漏れると、一部が急速に気化するが、二万トンタンクは常圧低温貯蔵だ。
震災後に兵庫県の求めで今駒さんらがまとめた「県高圧ガス防災マニュアル指針」には、高圧で漏れた場合の被害想定の計算式しかない。仮に二万二千トンを当てはめれば、直径約千メートルの火の玉が現れ、人がやけどする範囲は半径約七キロに及ぶ。常圧貯蔵でも、今駒さんは「飛行機が墜落したならあり得る」とした。
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エム・シー・ターミナルは最悪事態を想定していないにもかかわらず、兵庫県の指導でまとめた被害想定の公表に慎重だった。開示を決める前、私たちに「第三者に分かってもらわなくていい。事業所が分かっていればいい」と語った幹部が、ふと漏らした。
「ここの存亡にかかわりますから」
事故を想定すること自体が住民の反発を招く。そんな企業の危機感がにじんで見えた。
危険情報をどう受け止めるか、私たちも試される。近い将来、いや応なく最悪の想定が公表されることになるからだ。
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昨年六月、国民保護法が成立した。これから国が定めるひな型をもとに、来年には都道府県が国民保護計画を作る。ミサイル攻撃やテロ、空襲、敵軍の侵攻の想定が義務づけられる。
京都大防災研究所教授の林春男さん(53)は、消防庁の「地方公共団体の国民保護に関する懇談会」の委員を務める。
「これまで敵の攻撃目標を想定した避難は考えてこなかった。危険物貯蔵施設の爆発による影響範囲など、被害を想定することが出発点。それを住民を含む関係者全員で共有していく」。保護計画を説明した林さんは、震災時の避難勧告について言い添えた。「そうしてこなかったから、あの混乱につながった」
十年前の取材ノートには「飛行機の墜落以外に爆発は起こり得ない」との事業所幹部の発言が何度も出てくる。安全性を強調するための言い回しだった。今回の取材では、その表現が避けられているように感じた。米国同時多発テロ以降、飛行機の墜落は絵空事でなくなった。
防災と防衛と。震災十年を経て境界が揺らぐ。
2005/1/29