「6月9日のことだけはしっかり覚えています」と話す森田泰子さん=明石市内
「6月9日のことだけはしっかり覚えています」と話す森田泰子さん=明石市内

 80年前の1945(昭和20)年6月9日、明石市は米軍の空襲に見舞われた。死者・行方不明者は656人に上り、市内の空襲では最も大きな被害が出た。当時13歳だった元小学校教諭の森田泰子さん(93)=同市=は、空襲で自宅を失った。「嫌な記憶だから」と自らの経験をあまり語ってこなかったが、80年を前に当時を振り返った。(森 信弘)