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友人に囲まれて笑顔を浮かべる夫の姿を思い浮かべ、手を合わせる小笹昭子さん=芦屋公園
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友人に囲まれて笑顔を浮かべる夫の姿を思い浮かべ、手を合わせる小笹昭子さん=芦屋公園

 阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた阪神間。あれから26年。街は美しく生まれ変わり、新しく住み始めた人たち、震災を知らない世代も多くなった。けれど-。「元気にやってるよ」「ごめんな」。17日、亡き人ゆかりの地は祈りに包まれた。

 「お父さん、今年も来たよ」-。兵庫県芦屋市の自宅が全壊し、夫の知之さん=当時(52)=を亡くした小笹昭子さん(78)=同市=は17日朝、芦屋公園(同市浜芦屋町)を訪れ、献花台に白い花を手向けた。

 26年前の午前5時46分、昭子さんは居間のこたつで長女、次男と寝ていると、激震で目覚めた。2階が落ちてきて、知之さんがいた1階寝室の方へと崩れた。

 救助隊員の呼び掛けに、瓦礫(がれき)下の夫から返事はない。その場を離れる隊員に「失神しているかも。まだ生きているかも」と食い下がると「わがまま言ったらあかん」と次男に制された。

 死因は圧死だった。安置所で顔はゆがみ、血にまみれていた。「きれいにしてあげたい」。血を拭おうとすると職員に「皮がずるむけになる」と止められた。

 社交的な性格で、いつも人に囲まれていた知之さん。昭子さんいわく「人好きで、ええかっこしい」で、飲み歩いた後は友人を自宅まで連れてきた。「化粧を落とした後に連れてくるから大変。でも『うちの妻ですわ』と紹介してくれるとうれしくてね。夜遅くでも手料理を振る舞ったりしていました」。ビールが大好きで、妻の料理は何でもおいしそうに食べた。

 昭子さんは夫の死から3年ほどは働く気力が湧かず、人と会うのも億劫(おっくう)だった。それでも震災で子を亡くした知人の話を聞くうちに「みんなが被災者なんだ。ウジウジしてちゃいけない」と思えるようになった。

 登山やグラウンドゴルフ、ダーツ…。心の穴を埋めるように趣味に打ち込んだ。気が付くと、いつも友人と笑い合うようになっていた。友人に囲まれて嬉しそうに笑う夫の姿が、少しだけ今の自分と重なり合う。

 「お父さん。あれから26年、あっという間でした。私ももうこんな年齢だけど、楽しくやってますよ」(大田将之)

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