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尼崎唯一の山と呼ばれる「菜切山」。山らしく撮るのも難しい=尼崎市菜切山町
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尼崎唯一の山と呼ばれる「菜切山」。山らしく撮るのも難しい=尼崎市菜切山町
1961(昭和36)年に尼崎市が地名申請した書類。「菜切山」ではなく「菜切山古墳」とした
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1961(昭和36)年に尼崎市が地名申請した書類。「菜切山」ではなく「菜切山古墳」とした
1929(昭和4)年の国土地理院の地図には「菜切山」がきちんと表記される
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1929(昭和4)年の国土地理院の地図には「菜切山」がきちんと表記される
神戸新聞NEXT
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 海抜ゼロメートル地帯が広がり、地図に表記される「山」が一つもない兵庫県尼崎市に、日本一低い山がある…厳密には「あった」ことが関係機関への取材で分かった。尼崎市菜切山町の「菜切山」。1966年までは国土地理院の地図に載り、今も消失したわけでもないのに、なぜか表記がなくなった。その標高約3メートルは、10年前に地盤沈下して国内で最も低い山と言われる仙台市の日和山とほぼ並んでいる。(村上貴浩)

■市内で唯一

 阪神電鉄尼崎センタープール前駅を北に進むと、住宅街の一角に柵で囲まれた雑木林が現れる。「菜切山」。こんもりとした丘状の土地は私有地だが、市が貴重な緑地帯として手入れしている。

 そばの看板には「武内宿禰(たけのうちすくね)の墳墓として古来地区住民に畏敬されて来た」とある。古事記や日本書紀に登場し、景行天皇に始まって5代の天皇に約250年間も仕えたという怪物的な伝説上の人物だ。山は彼の墳丘という位置付けらしい。

 古代から海が陸地化してできた尼崎市域はほとんどが海抜ゼロメートル地帯で、最も高い場所でも北部・西昆陽1丁目の13メートルしかない。そんな中にあって菜切山は市域で唯一の山と地元で言い伝えられ、国土地理院の測量記録はないものの、市は標高を「3メートルほど」としている。

■国に統計なく

 国土地理院によると、菜切山は少なくとも1961~66年には地図上に表記していた。図書館で調べると29年にも「菜切山」と記されている。

 実は山の定義はなく、国土地理院が自治体の申請を受け、歴史的な伝承や資料から山で「妥当」と判断すれば地図上に表記する。

 ただ、低い山の統計はなく、「日本一」は地図を読み取った民間の調査しかない。報道では1番が東日本大震災の影響で低くなった仙台市の日和山(標高3メートル)で、2番は大阪市の天保山(同4・5メートル)として取り上げられることが多い。

 そこで国土地理院に情報公開請求すると、尼崎市は確かに1961年に「菜切山古墳」として地名申請していた。しかし、5年後に消えたのはなぜか。

■観光資源化は?

 国土地理院に聞くと、地図の地名表記には優先順位があるという。表記情報の多い住宅地で「菜切山」の文字を入れると、他の情報を消さなければならない。

 ある年に抹消した場合でも、再び地名申請があれば翌年から表記することもあるというわけだ。しかし、66年を境に市からの申請は途絶えた。

 原因の一つには「墳墓」としての根拠の乏しさがあるようだ。伝承は武内宿禰が尼崎ゆかりの神功皇后に仕えたことが由縁になっているが、そもそも伝説上の人物で、墓と伝わる場所は奈良県御所市をはじめ全国に複数あるという。

 さらに尼崎市立歴史博物館が指摘する。「古墳時代に、ここはまだ海なんですよ」。つまり、伝承はあっても、近年の調査研究で古墳と定義できない以上、申請には積極的になれないということかもしれない。

 尼崎市都市計画課は「申請しなくなった経緯の記録もなければ、地元からの要請もない」として今後も特に申請予定はないという。

 ただ、全国では「低い山」を観光資源にする自治体も多い。大阪市の天保山も90年代に地図から抹消されたが、住民の署名活動の結果、96年に復活。地元住民が「登山証明書」を発行するなど遊び心あふれる取り組みを展開している。

 「菜切山」の標高は低くても、観光地化への機運は高くなってもいいのでは。

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