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昭和初期の宝塚旧温泉場の全景。右手の宝塚迎賓橋は旧温泉と新温泉を結ぶ貴重な橋だった
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昭和初期の宝塚旧温泉場の全景。右手の宝塚迎賓橋は旧温泉と新温泉を結ぶ貴重な橋だった
温泉利用施設「ナチュールスパ宝塚」=宝塚市湯本町
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温泉利用施設「ナチュールスパ宝塚」=宝塚市湯本町

 「湯のまち宝塚」復活の起爆剤として期待された市立温泉施設「ナチュールスパ宝塚」(兵庫県宝塚市湯本町)の維持負担が重いとして、市は早ければ2024年7月にも温浴事業を断念することも視野に入れ、民間事業者に建物を譲渡することを目指す三つの将来案を打ち出した。建物は建築家安藤忠雄氏の設計で文化的価値が高いとみているが、温浴施設でなくなれば「宝塚温泉」の衰退に拍車をかけかねない。(西尾和高)

 ナチュールスパ宝塚(地下2階-地上5階建て)は04年から指定管理者に運営を任せており、22年6月末までの契約を2年間延長した上で、早ければ24年7月から新方式で運営することを目指す。

 市によると、最も優先する案は、土地を市が保有したまま民間事業者に貸し出し、建物を売却もしくは無償で提供して、現状通り温浴事業を展開してもらう。

 しかし、事業者が見つからない可能性もあり、その場合は温浴事業を断念し、幅広い活用方策を考える事業者を募ることにする。建物は売却または無償で提供し、土地を売却するかどうかは状況を見て判断する。

 さらに、それでも事業者の応募がなかった場合は、建物を活用自体を断念し、土地と建物の買い取りなどを検討してくれる事業者を探すという。

 市は18年から、建物の老朽化や故障に伴う修繕で今後、多額の負担が必要になるとして、将来ビジョンを検討。今後30年かけて温泉事業を続けた場合、維持管理費は16億円を超えると試算し、事業者への譲渡は避けられないと判断した。

 さらに施設の利用者数も低迷している。16年以降は指定管理者が会員制のフィットネスクラブを併設して増加傾向にあったが、20年は11万5370人と前年よりも6万2千人も減った。事業収支は19年が600万円の赤字、20年は210万円の赤字となり、コロナ禍で臨時休館も余儀なくされ、経営環境は厳しさを増している。

 「維持管理の負担は財政的に限界だと判断した」と市観光企画課。「建物は文化的な価値が高いので、可能な限り有効活用したい」としている。

■「ナチュールスパ宝塚」の3方針

【1】市が土地を持ったまま貸し付け、建物を民間事業者に渡す。温浴事業は継続。

【2】温浴事業を断念し、活用策を考える民間事業者に建物を渡す。土地売却は検討。

【3】民間事業者の応募がない場合、建物の活用を断念し、土地を含めて売却などする。 (優先順)

    ■    ■           

 宝塚温泉街は1887(明治20)年に温泉場が開業し、大阪万博があった1970(昭和45)年には約50軒の旅館が立ち並んだ。しかし、交通網の整備が進むと観光客は遠方に流れ、往時のにぎわいが消える中で、市は“復活”への模索と挫折を繰り返してきた。

 91年、新たな温泉施設の建設を目指して泉源発掘に着手するも、95年の阪神・淡路大震災で事業が凍結した。震災の影響で旅館の閉館が相次ぎ、今や温泉宿泊施設は2施設のみ。市域も大きな被害を受ける中で歯止めをかけられなかった。

 再起をかけたのが「ナチュールスパ宝塚」だった。2002年に前身の「クリスタルスパリゾート宝塚温泉」を開業したが、運営した第三セクターは業績不振で翌03年に経営破綻。そこで04年から、指定管理者制度を導入したが、ここでもスーパー銭湯ブームが逆風になり、2年間で数千万円の赤字を抱えてしまう。

 それでも06年から徐々に「健康増進」に加え、「美容」「フィットネス」といった多様性を取り入れ、経営は盛り返してきたはずだった。

 市が今回示した将来案は、温泉事業の継続を最優先とする。ただし、事業者が見つからず、最悪のケースでは建物を解体する可能性もあるという。

 阪急電鉄の宝塚駅前広場から宝来橋を渡ると、ナチュールスパ宝塚と旅館の建物が水辺の風景と重なる。辛うじて風情を残している温泉街は今、岐路に立っている。(西尾和高)

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