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記者も入れない本殿で行われた十日えびす大祭=10日午前(西宮神社提供)
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記者も入れない本殿で行われた十日えびす大祭=10日午前(西宮神社提供)
福男を祝福する参拝者ら
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福男を祝福する参拝者ら
抽選で決まったスタート位置番号を講社の若者らが地面に記した
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抽選で決まったスタート位置番号を講社の若者らが地面に記した
福男選びの参加者が滑らないよう参道はモップ掛けされた
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福男選びの参加者が滑らないよう参道はモップ掛けされた
福男が決まり手作りの号外を配る平尾さん(右)
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福男が決まり手作りの号外を配る平尾さん(右)

 開門と同時に人々が勢いよく駆け込んだ。10日早朝、えべっさんの総本社・西宮神社(兵庫県西宮市)で3年ぶりにあった「福男選び」。激しい競り合いが注目される陰で、神職たちは門を固く閉ざした神社の内で厳かな神事を執り行い、神社公認の「開門神事講社」は準備に慌ただしさを極めていた。コロナ禍で2年連続の中止を経て、悲願の再開を果たした舞台裏に密着した。

厳かに心鎮め

 10日午前0時、スタート地点となる高さ9メートル、幅7メートルの表大門がゆっくりと閉まった。南門、東門も全て閉じ、境内は立ち入り禁止となる。神事に向けた「忌籠(いごもり)」の始まりだ。

 神職たちが心身を清め、眠らずに過ごす。室町時代には地元の人々も家の門を固く閉じて夜明けを待ったといい、戦国時代の武将・細川高国はこの禁を破って兵を動かしたために戦で敗れたと伝わる。

 神職は体を洗い、真っ白な斎服に着替え、斎館とする社務所で食事もせず、極力会話もせず心を鎮める。

 「大きなお祭りになるほど、その前の『静』が大切なんです」と吉井良英権(ごん)宮司が言う。ただ、祭りとは福男選びではない。

 その頃、外ではスタート位置を決める抽せんが始まり、悲哀の声が響いた。

23年ぶりの雨

 午前4時、薄明かりを放つ本殿が暗やみに浮かび、祝詞を上げる宮司の声が響く。これこそ最も大切な神事「十日えびす大祭」だ。

 黒い冠をかぶった神職らが本殿に続き、境内にある10の末社を巡る。さらに「あらえびす様」と親しまれる末社「沖恵美酒(おきえびす)神社」におはらいとお供えをする。

 ご神体はえびす神と対をなす荒神様だ。「災いが起こらぬよう、きちんとお祭りをしなければいけない」

 一方、外では講社の準備がピークを迎えていた。

 懸念は、9日夜に降り始めた23年ぶりの雨だった。ぬれた石畳はつるつる滑る。講長の平尾亮さん(46)=同県尼崎市=は頭を抱えた。

 十日えびすで最後の雨は2000年。転倒者が続出した光景がよみがえる。

 「3年ぶりの福男選びを、絶対に失敗させられない」。思いはみんな同じだった。あるメンバーはモップを買いに夜の街に走った。

 思いが通じたのか、雨はやんだ。代わりに冷たい風が吹く中、続々と参加者が表大門前に集まり始める。最前列を引き当てた108人の出走地点を示す番号を、講社の若者らがチョークで地面に書いていく。神戸大3年の男子学生(21)は「裏方として見た門が開く瞬間を忘れられず、続けてきた。やっと復活できる」と力を込めた。

いざ開門

 午前5時、祭礼の終わった境内に関係者の立ち入りが許される。石畳はほぼ乾いていた。「いける」。講社の人々はモップをかけ、最後はぞうきんで残った水気を拭き取った。

 5時55分。開門の時が迫る。「うぉー!」「行くぞー!」。参加者らの気勢が響く中、講社の7人が中の門前に立ち、かんぬきを外す。今にも開きそうになるのを押さえながら、疾走の時を待ち構える報道関係のカメラに向け、平尾さんが1枚の旗を両手で掲げた。

 中央に大きく手書きした「祝・復活」の文字。脇には「全国に福よ届け」と記す。仲間にも伝えず用意したサプライズだった。

 4、3、2…。カウントダウンに続き、6時、平尾さんが「開門!」の声を響きわたらせた。

 一斉に参加者が駆け出す。そして人波を見送ると、講社の人々は「おめでとう」と声を掛け合い、みんなで満足そうに笑い合った。

 「やっぱり、こうでないと。ようやく年が明けた」

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