今は「男らしさ」「女らしさ」といった決め付けや、性別による格差、不平等をなくし、誰もが生きやすい社会を目指す時代です。しかし、これまで多くの人がそれらの縛りに苦しんできました。兵庫県の会社員「もぐらさん」(60)もその一人。メーカーでがむしゃらに働き、「男だから」と弱音を吐けなかったもぐらさんが、定年を前に語ってくれました。
-弱音を口にするのは難しかったですか?
「子どもの頃、虫を触るのが怖いと言ったら、おふくろに『何言ってんの。あんた男でしょ』と言われました。男は強くないといけない。弱音、泣き言、べらべらしゃべったらいけない、という価値観です。就職活動では大手企業に入れとプレッシャーをかけられ、入社したら同期との競争です。常に勝った負けたが付いて回り、昇進目指して一直線。競争から下りるのは許されない雰囲気でした」
「女性に対して食事をおごらないといけないとか、うまく振る舞わないといけないとか、そういうプレッシャーもありました。私、奥手で…。30代で結婚した後は、家族を養わねば、というのもありました」
-一番つらかったのは?
「40代です。営業担当でとにかく忙しく、毎日終電での帰宅でした。抱えきれないほどの仕事量でしたが、上司は『なんとかうまくやれよ』と言うだけ。地下鉄のホームでふと『いなくなったら、仕事を一切しなくていいな…』と考えたこともあります」
「公共施設で開かれていた男性向けの講座に参加しました。リラックス法を学んだり、その場限りでつらいことや思っていることを言い合ったりしました。話をじっくり聞いてもらえて『大変でしたね』などの言葉をもらう。『あ、敵じゃないんだ』と思えました。そういうのがあって、踏みとどまれましたね」
「かつては仕事から帰ってきても、『顔が怖い』『引きつったままや』と嫁さんに言われていました。会社でのストレスをため込んだまま、家では子どもたちにこうあるべきという理想像を押しつけて、叱っていました。当時を振り返ると、反省ばかりです」
-もうすぐ定年ですね。
「再雇用はもういいです。かつて関東で単身赴任だった時、上司のパワハラに悩んでいましたが、社外で資格取得の勉強仲間と出会い、救われました。会社でも家でもない、第3のつながりって大切だと感じました。定年後は、男性が思いを吐き出せる居場所みたいなものを作れたらいいなあと、考えたりしています。とにかく、つらい人の力になりたいです」(聞き手・中島摩子)