調査会社や探偵事務所には「誰にも知られたくない秘密」の調査が持ち込まれる。探偵たちはどんな事件を取り扱っているのか。神戸に本社がある近畿調査株式会社の武健一代表(69)が「守秘義務に反しない範囲なら」と、その一端を明かしてくれた。(山岸洋介)
■突然のSOS
四国に住む母のスマートフォンに、20代半ばの娘からLINE(ライン)のメッセージが届いた。
「お金を貸してほしい」
娘は大学を出て神戸の企業に就職し、まじめに働いていた。
いくら必要なのか。何に使うのか。涙声の返答に、母は言葉を失った。
「掛けがたまって払えない。助けて」。娘を苦しめているのはホストクラブの売掛金(ツケ)だった。
「お父さんには言わないで」。懇願しながら打ち明けられた事実が、母をさらに追い詰める。娘は返済のため、神戸・福原のソープランドで働かされていた。
■手取り25万円
転落のきっかけはSNSだった。マッチングアプリで出会った男性は「貯金するためにホストのバイトをしてる」と話し、交際後は「店でも会いたい、来てほしい」と求めてきた。
実家は裕福だったが堅実に育てられ、神戸でも手取り約25万円の月給でつつましく生活していた。迷ったが、少しの憧れと彼への好意が背中を押した。
初めてのホストクラブ。初回は千円と格安だった。彼だけでなく、仲間のホストが十数分ごとに隣に座った。「かわいいね」。キラキラした世界に魅了された。
■毎日のLINE
家と会社を往復するだけの退屈な毎日は一変した。彼は毎日、LINEでメッセージをくれた。「お金がたまったら結婚しよう」。店で高い金を使えば、指名ホストの成績になる。貯金を崩し、クレジットカードの限度額を気にしながら店に通った。
だが要求は日増しにエスカレートした。
「もう少しでナンバー入りできる(店の上位になれる)。シャンパンタワーをやってほしい」。平日も週末も関係なく店に呼ばれ、1回に数十万円を使うのが当たり前になった。
■返済できない売掛金
払えない日は「掛け」で飲んだ。代金をホストが立て替え、客が後日返済する仕組み。「掛けでいいよ。気にせず遊んで」と勧めてきたのも彼だった。
だが返済が滞ると、彼の言動は一変した。「返せる?」「連絡ちょうだい」。矢継ぎ早に冷たいLINEが来るようになった。
銀行や消費者金融のカードローンも使い、500万円、600万円…と借金はみるみる膨らんだ。借金で売掛金を返しては、再びツケで遊んだ。
「うちの店の仲介で、夜に働けるところ紹介してあげる。稼げるよ」。彼に手引きされたのがソープランドだった。
■心身ぼろぼろ
娘からSOSを受け、動揺した母は、老後資金としてためていた2千万円近い金を娘に渡した。父には内緒だった。
だが彼女は借金の清算後も思いを断ちきれず、まだ彼のいるホストクラブへ行った。もう店の外では会ってくれなくなっていた。
通っても通っても、彼はすぐに別のテーブルへ行ってしまい、ほかの女性客へ甘い笑顔を振りまいていた。心が折れ、ようやくだまされていたことに気付いた。店への支払総額は約3千万円になっていた。
■素性を調査
母から打ち明けられ、ついに事態を把握した父が警察、弁護士に続いて相談に来たのが、武代表のところだった。裁判を起こすことも視野に、ホスト側の調査を依頼した。
相手は交際中に素性を隠していたが、国立大に通う20代の学生と判明した。入学前には、通っていた予備校の合格実績をアピールする広告にも登場していた。
店の領収書やカードの控えが残っており、店への支払いを証明することはできる。だが裁判をしても取り戻せる見込みは薄い。ホストの実家も調べたが、とても返済を望めるような資産状況ではなかったという。
「田舎から出てきた純朴そうな女性だった。本気でほれたように錯覚させられ、交際相手を応援したいという感情を利用されていた」と武代表。娘がホストにだまされ、金を貢いでいたという親からの調査依頼は少なくなく、現在も「ほかに2件が進行中」という。
(当事者の特定を防ぐため、一部脚色しています)