米寿にして世界を飛び回る新宮晋さん。手前の模型は台湾で計画されている子どものための施設=三田市藍本
米寿にして世界を飛び回る新宮晋さん。手前の模型は台湾で計画されている子どものための施設=三田市藍本

 米寿を迎えても、新宮晋(88)のもとには世界中から依頼が舞い込んでくる。台湾では子どものための芸術施設をつくる計画が進み、来年にはイタリアで展覧会を開く。アラブ首長国連邦(UAE)の企業からは国家プロジェクトの誘いもかかった。1991年に三田の農村にアトリエを構えてから30年超。妻で仕事のパートナーでもある保子(77)も喜寿を迎え、今も2人で世界を駆け回る。2023年8月まで三田阪神版で連載した「風の彫刻家」の番外編として紹介する。(土井秀人)

 7月、UAEの砂漠を訪れた新宮は、サンテグジュペリの小説「星の王子さま」の言葉を思い出した。

 「本当に大切なものは、目に見えない」

 小説では砂漠に不時着した飛行士が、星から来た王子さまに出会う。1943年に出版された名作は、作者自身がリビアの砂漠に不時着した経験が基になったとされる。砂漠に立って新宮は思った。「砂漠は別の星とつながっているような、不思議な感じがする。だから、いろんなインスピレーションが湧くのでしょう」

 新宮自身、目には見えない風を見えるようにしてきた。風を受けて動く作品は「自然からのメッセージをとらえるアンテナのようなもの」。地球は生命があふれ、宇宙の中でもとびっきりユニークな星だ。作品は、その素晴らしさを伝える「翻訳機」でもある。

    

 今年2月まで4カ月間、台湾の美術館で展覧会が開かれ、夏にはニューヨークでも展覧会が行われた。11月中旬からはパリにある自宅に1カ月ほど滞在するが、その間も仕事で南フランスやロンドンへと赴く予定だ。米マイアミの作品の打ち合わせは、ミラノで行う。「若い頃はパリでもっとゆっくり暮らせると思い描いたけど、ずれていますよね」と笑う。

 砂漠を訪れたのも、もちろん仕事のため。今春の深夜、携帯電話の着信画面に「アラブ首長国連邦」とあった。怪しい電話と思ったが、出てみるとUAEのシャルジャにある企業からだった。環境やエネルギーを手がける巨大グループで、改めて設定されたリモート会合で開発部門のトップの女性が言った。「ナショナルプロジェクトです」

 9月、その女性とシャルジャの国立美術館の館長らが三田を訪れた。国立の施設に「プレイグラウンド(子どもの遊び場)」をつくってほしいという。

 「プレイグラウンドは(親交の深かった)イサム・ノグチさんがやっていて、うらやましいと思っていた。僕もやりたかったけど、これまでチャンスがなかったんです」。冒険と発見があり、砂漠と星空を結ぶものに。天文台も必要だ-。構想が次々と浮かぶ。新たな挑戦に、少年のように目を輝かせている。

            

 半世紀以上、風や水といった自然エネルギーで動く作品を作り続けてきた。「その時々で、やらなければいけないことをやってきた」というが、一つ一つの積み重ねは布石のように現在につながっている。

 2010年、台湾の建設会社の依頼で首都・台北で展覧会を開いた。高層ビル群が目前まで迫った空き地が舞台で、苗を植えて田んぼをつくり、中心の池には風で動く作品を据えた。

 その土地には今、台北のランドマークとなる百貨店が建つ。24年春、建設会社のオーナーとその百貨店で会食していると、話は新宮がかつて構想していた「地球アトリエ」に及んだ。子どものための芸術施設で、劇場やアトリエ、カフェなどの建物群が輪のように連なり、楽しみながらアートが体験できる。兵庫県が建設を計画していたが、コロナ禍などで頓挫した。

 話を聞いていたオーナーは、パズルのピースがはまったような顔をした。実は、台南でニュータウンを開発するという。中核となる美術館と博物館を建築家の安藤忠雄が、商業施設とホテルを隈研吾が手がけるが、「まちづくりの中で子どものことが抜けていた。それをやってくれるのが一番いい」。そこから話はとんとん拍子で進み、現在は建物の設計が行われている。

            

 来年は、イタリアのミラノ市が運営する文化芸術施設で展覧会が開かれる予定だ。施設の館長は、新宮が60代のころに作品を携えて世界の辺境を旅した「ウインドキャラバン」の映像を見て、ほれ込んだという。

 ウインドキャラバンでは自然と調和して暮らす先住民らを訪ね、ニュージーランドの無人島やフィンランドの凍結湖、ブラジルの砂丘などを巡った。現地に帆を張った風で動く作品を並べ、住民や子どもたちと交流。言葉や宗教、肌の色が違っても心が通じ合った。

 そして今、新宮が力を入れるのが宇宙人「サンダリーノ」の物語だ。地球の素晴らしさを伝えるため、絵本やミュージカルを制作してきた。サンダリーノを見た館長は言った。「自然と長く付き合ってきた新宮が、とうとう宇宙人まで登場させる。私にはその意味がすごくよく分かる」

 作品や哲学を深く理解し、共鳴する人たちと出会い、歩んできた。今も現役のアーティストとして、複数のプロジェクトが同時進行している。「うまいこと人生を閉じようと思っていましたが、そうはさせてもらえません」。おどけて笑う頭の中には、常にイマジネーションやアイデアが渦巻いている。=敬称略

    

<風の彫刻家 新宮晋の軌跡>

【バックナンバー】

(1)世界とつながる 85歳。生涯、アーティスト 地球の素晴らしさ伝えたい

(2)おとぎ話 イサム・ノグチが「尊敬している」 世界の芸術家らと交流

(3)地球規模 後ろ盾なく、一芸術家として 辺境巡り未来の生き方探る

(4)ウインドキャラバン 出会う喜び、生きる糧に エルメス会長「哲学通じる」

(5)イマジネーション 自然からのメッセージを翻訳 今も毎日、発見がある

(6)あだ名は「絵描き」 大学時代、視線は海外

(7)留学 青春のすべて イタリアに

(8)帰国の決意 風と出会い、動く作品へ

(9)造船所 工業技術を学び「産業革命」

(10)二つの作品 野外彫刻で大阪万博参加

(11)作品集 自然と人間、二つのリズム

(12)超軽量作品 小磯良平の言葉がきっかけ 県立近代美術館で個展

(13)移転 出会いが縁、三田にアトリエ イタリアで元県知事を案内

(14)レンゾ・ピアノ 同い年の2人 85歳の今も現役 建築とアート 融合して一つに

(15)表現 絵本も舞台も造形と同じ 生きる喜び与えられるもの

(16)二人 一緒に考え、一緒につくる 互いに成長しながら道歩む

(17)動き 現場で浮かぶイメージがすべて 「地球観測」の結果を表現

(18)呼吸する大地 理想の村づくりへ世界巡る ドイツ人監督が記録映画化

(19)ユートピア 世界遺産の城で個展 ダビンチ没後500年を記念

(20)長距離レース アートには無限の可能性 次世代へバトンを託す

(21)サンダリーノ 地球賛歌時空を超えて 未来への種、子どもと共に

(22)創造する喜びを体感 元気のぼり 子どもら描く究極の作品

(番外編)ピアノさんとの2人展 建築とアート、必然の融合

(23)バトンタッチゾーン 夢を次世代に託したい 長生きで健康、今がチャンス