■理解しあえる人と一緒に前へ
2021年7月、私はヤングケアラーの支援団体「ふうせんの会」の集いに元当事者として参加した。神戸市須磨区の事件から2年になろうとしていた。
大阪府枚方市内で2カ月に1度、オンラインを含めて当事者ら十数人が向き合う。そこで、私は自身の経験をさらけ出した。
入院していた祖母が亡くなったのは大学4年の春だった。介護の終わりは突然やってくる。退院すると信じていた母はひどく落ち込んだが、私は直後にあった神戸新聞社の試験を辛うじて受けることができた。
■理解しあえる人と一緒に前へ
2021年7月、私はヤングケアラーの支援団体「ふうせんの会」の集いに元当事者として参加した。神戸市須磨区の事件から2年になろうとしていた。
大阪府枚方市内で2カ月に1度、オンラインを含めて当事者ら十数人が向き合う。そこで、私は自身の経験をさらけ出した。
入院していた祖母が亡くなったのは大学4年の春だった。介護の終わりは突然やってくる。退院すると信じていた母はひどく落ち込んだが、私は直後にあった神戸新聞社の試験を辛うじて受けることができた。