■西日本一の搬送、年1万3446人
「断らない救急」を掲げる尼崎総合医療センターは2498人の職員を抱える基幹病院だ。厚生労働省の2024年調査によると、救急車による搬送人員は1万3446人で、国内4位。西日本では1位となっている。
7月12日。救命救急センターには、患者の受け入れを要請する救急車からの電話が何本もかかってきていた。だが、その一本だけは様子が違った。午前10時半ごろのことだ。ルポ取材を始めて2時間40分が経過していた。
「何歳ぐらい? 若い。もう向かってください」
救急隊と話す日勤帯責任者の畑菜摘(なつみ)医長は、5歳と3歳の子を院内保育に預けて働くママだ。
硬い声。表情の変化はほとんどなく、焦りも感じられない。症状などを聞き取るほかの電話と違い、ごく短い言葉しか交わさない。
「名前わかんないね。何分ぐらいで来ます?」。通話を開始して11秒後には受け入れを告げ、30秒ほどで電話を切った。
駅前でうずくまっていた30~40代の男性。身元は分からない。「VF」と呼ばれる心停止の状態という。
5分後に救急車が着く。
担架でカテーテル室に向かう移動中も、医師が心臓マッサージを続ける。激しい圧迫だ。男性の腕はだらんと落ち、意識はない。命が、消えそうだ。
走り込んでくるスタッフも含め10人ほどが部屋に集まる。新しい器具の袋を迷うことなく破る姿もある。
「手があったらライン取って(末しょう静脈路確保)」「1回DC(電気ショック)します」…。耳障りな電子音が鳴り響く中、慌ただしく人々が動く。
チーム医療のかいあって、心臓は再び動き出した。
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心停止の男性の処置が落ち着いた頃合いで、畑医長に声をかけた。「ECMO(エクモ)(人工心肺装置)を入れる前提で走っていた」という。途中で心拍が戻り実際は入れなかったため、救命を最優先に封を切った器具は「破棄扱い」になる。その費用は回収できないという。
ちなみに、搬入時に身元不明だった男性に使おうとしていたエクモは、治療費総額が1千万円を超えることもある高度医療だ。
前夜の夜勤帯責任者だった松尾充宏医長によると、呼吸不全患者が運び込まれる際も費用持ち出しは多い。「人工呼吸のために用いる器具は開けてもすぐには使えない。組み立ててゼリーを塗るなど準備がいる」。搬入後に判断すればどうか。松尾医長は続けた。
「死にそうになってからでは間に合わない」
センターには多様な患者が来た。食事中に意識を失った高齢男性は、気道に詰まったパンを吸い出した。熱中症のため路上で倒れていた男性は、体を急冷却して助けた。入れ歯を飲み込んだ高齢女性は、胃カメラを使って取ることになった。命にかかわる事例ではなくても、人々は「この救急に行けば助けてくれる」と頼り、病院は応えた。
経常赤字を各病院に取材すると、「救急の採算が厳しい」とする声は非常に多い。これほど必要とされるのに、なぜなのか。当初はふに落ちなかった。だが14時間以上現場に入り、経営とは別の価値判断が強く働く部署であることがおぼろげながら見えてきた。
畑医長が言った。「救急で働く人間って、たぶん経営者には向かないと思います」
■公益性と経営のはざまで