「みんなで考える新しい市民社会」と題して行われたパネル討論=神戸市中央区加納町4、アンカー神戸(撮影・斎藤雅志)
「みんなで考える新しい市民社会」と題して行われたパネル討論=神戸市中央区加納町4、アンカー神戸(撮影・斎藤雅志)

 阪神・淡路大震災の発生から31年、人口減少と高齢化は加速し経済格差も広がった。急速に普及した交流サイト(SNS)や人工知能(AI)は人間関係を希薄にし、分断を助長する負の力もある。人と人とが支え合う土台が弱っている。社会が「縮退」していく中で震災の経験と教訓を次代にどう生かすか。神戸新聞社は、NPOや市民活動の担い手、研究者の方々と論説委員室でつくる「1・17未来会議」で、半年余り議論してきた。得られた気づきを報告し、目指す社会の姿を読者とともに考えるためのメッセージとしたい。

■「3世代」が響き合い、教訓を捉え直す好機

 震災を知らない世代の増加や住民の入れ替わりを背景に記憶の継承を巡る「30年限界説」が語られる。だが、震災対応の最前線にいた世代、当時は子どもでその苦闘を見ながら成長した世代、震災後に生まれた世代が交ざり合う今だから、開ける視界がある。

 第1世代の実体験を第2、第3世代の視点で捉え直すことで教訓は時代を超えて生き、被災地の人々が希求した「誰も取り残さない、新しい社会づくり」への挑戦を支えてくれるはずだ。

■小さな傷もみんなの自分ごとに

 震災の影響は続いている。「被害が軽かった」「何もできなかった」といった負い目を抱え、「自分に震災を語る資格はない」と感じてきた人も少なくない。遺族にしか語れない悲しみと痛みがあるように、言葉にできなかった小さな傷にも意味がある。

 体験の濃淡にかかわらず、誰でも、何年たっても、自分にとっての震災を語れる場がほしい。外国にルーツを持つ人や障害のある人が使い慣れた言語や方法で語る機会を確保したい。語り手が多様であるほど継承される記憶は厚みを増し、「みんなの自分ごと」になっていくだろう。

■価値観の違う者同士が緩やかにつながる場を

 31年前には想像もしなかった分断が地域社会でも生じている。価値観が違う人々の集まりが社会である。共感し合えなくても、困ったときには助け合える、おおらかな共生を目指したい。

 例えば、外国人住民が子ども食堂で母国料理をふるまう。避難所運営訓練に子どもや障害者も参加する。身近な地域の課題を媒介に、世代も立場も異なる者同士が緩やかにつながる場をつくり、時に支援される側とする側が入れ替わる。こうした実践を積み重ね、顔の見える関係を増やしていこう。

■ボランティアの原点を見つめ直す

 震災が起きた1995年は「ボランティア元年」と呼ばれ、その後、NPO法や被災者生活再建支援法が相次いで成立した。困難に直面した市民が声を上げ、社会を動かす力を信じられた時代だった。

 最近は政府による事前登録制の導入などで管理的傾向が強まるが、自分で考え、行動するボランティアの原点は不変だ。多彩な活動を後押しし、もっと自由に、気軽に参加できる環境を育むべきだ。

 ボランティアの意義と課題を再定義し、市民主体の社会を築き直す一歩としたい。

■対話の輪を広げ、問い続ける

 私たちの議論はまだ不完全だ。復興の陰で失われたものを忘れず、分断の背景にある不安や閉塞(へいそく)感にも目を凝らす。意見が異なる人たちとも対話を重ね、その輪を広げながら、よりよい未来への問いを続けていく。

1・17未来会議
神戸新聞論説委員室

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