母校・同志社大で講演後、学生の質問に答える林浩輝さん(左端)=京都市上京区
母校・同志社大で講演後、学生の質問に答える林浩輝さん(左端)=京都市上京区

 尼崎JR脱線事故で大破した1両目から最後の生存者として救出された林浩輝さん(40)=大阪市西淀川区=が、母校・同志社大(京都市上京区)の追悼礼拝で初めて講演した。事故で両脚を失った苦悩を抱えながら、後天性のてんかんを発症した近況に触れ「何回も、何回も死にたいと思ったが、生かされた命でもある。犠牲になった方々のためにも前を向いて頑張りたい」と静かに語った。

 2005年4月25日に起きた事故で同大の学生は3人が死亡し、33人が負傷した。追悼礼拝は、志半ばで亡くなった学生や、命に思いをはせる機会にと毎年開かれている。