インタビューに応じる高野翔さん(左)と大塚啓志郎さん=明石市桜町(撮影・森 信弘)
インタビューに応じる高野翔さん(左)と大塚啓志郎さん=明石市桜町(撮影・森 信弘)

 明石市桜町の出版社「ライツ社」が7日、創業10周年を迎える。これまで手がけたのは、人気作家・知念実希人さんによる児童向け本格ミステリー「放課後ミステリクラブ」シリーズをはじめとする約60冊。出版社の約8割が東京に一極集中する中、小所帯ながら、「見たことのない、おもしろい本」を追求し、地方都市から話題作を世に送り出している。(赤松沙和)

 同社は、京都の出版社で同僚だった社長兼編集長の大塚啓志郎さん(40)と社長兼営業責任者の高野翔さん(43)が2016年に創業。大塚さんの地元である明石にオフィスを構えた。現在、10人が働く。

 手がけるのはビジネス書やレシピ本、文芸書や写真集などさまざまだが、新刊は年間5、6冊に絞る。その分、一冊一冊の内容をとことん練り上げる。業界平均で10~20%といわれる重版率は75%と際立って高い。1期目こそ赤字だったが、以降黒字を維持している。

■大きな転機

 今年刊行した「どっちもある名言集」では、人生において「諦めるな」というエジソンと、「時には諦めよう」というフロイトなど、さまざまなテーマについて偉人たちの正反対とも言える名言を並べた。

 「何事も正解は一つじゃない。名言集はたくさんあるけど、こんなのは初めてじゃないかな」と大塚さん。ヒット作を生み出す秘けつについて「書店に着いた段ボールを開けた書店員さんに、まず『お、これは新しいぞ』と思ってもらえる本をいかに作れるかだ」と語る。

 特に大きな転機となったのが、2023年に始まった「放課後ミステリクラブ」シリーズだ。同社にとって初の児童書。第1巻は「本屋大賞2024」で9位に選ばれ、児童書として初めてランクインする快挙を果たした。

 現在9巻まで刊行されており、シリーズ累計50万部を超えるヒット作となった。同社には「この本を読んで本が好きになった」といった子どもたちからのハガキが毎日のように届く。

■SNS時代

 動画や交流サイト(SNS)で簡単に情報が手に入る今、2人が実感しているのは、本の役割の変化だ。

 8月に発売した子ども向けの防災本「こども72時間サバイバル防災」は、地震発生からの経過をタイムライン形式で紹介し、災害後生存率が急激に低下する「72時間の壁」を生き抜くためのガイドブックだ。

 小学校3年生の時に明石市の自宅で阪神・淡路大震災を経験した大塚さんの思いが込められた最新刊は、発売直後に重版が決まった。

 速く、コストをかけずに誰でも情報を発信できるネットに対し、本は時間とお金をかけて編集し、選別された情報を形にする。「『本に載っているから大丈夫』という信頼性に目を向ければ、きちんと選ばれる本を作っていけるはず」と大塚さん。

■新たな挑戦

 10年を迎え、新たな一歩も踏み出す。来年、「いつか出したい」と2人が思い続けてきた小説を初めて出版する。関西出身の作者で、関西を舞台にした物語2作品を予定している。

 実用書とは違い、読み切らないとおもしろさが伝わりにくい小説は、書店の棚の確保などの面でも小規模出版社の参入が難しい分野とされる。それでも挑戦するのは「憧れだから」。2人にとって、子どものころ、本を好きになる原体験は小説だったという。

 本を読む人や書店が減少し、物価高や物流コストの上昇も続くなど、業界を取り巻く環境は厳しい。10年間を振り返り、2人は「よく続いたな」としみじみ。明石に拠点を置く強みは、首都圏の出版社や流行に振り回されず、自分たちの身近な感覚を大切にできることだという。「東京以外に住む人の方が圧倒的に多い。僕らの感性で、おもしろいと思う本が売れると信じています」と2人。これからも、まだ世の中にない本を届けていくつもりだ。