男子はどきどき、女子はいやいや。学校の運動会で踊った「フォークダンス」に、勝手ながらそんな印象を持っていた。兵庫県姫路市で7月、フォークダンスの全国イベントが開かれると聞き、会場を訪ねると、イメージを覆す光景が広がっていた。華やかな衣装に身を包んだ中高年の男女が手をつなぎ、軽やかにステップを踏んでいる。その数1800人。みんな笑顔だ。参加者の中には、フォークダンスで生涯の伴侶を見つけたカップルもいた。(小谷千穂)
■出会いや健康、旅行のきっかけに
イベントは、「日本フォークダンス連盟」の創立70年を記念して開かれた。ヴィクトリーナ・ウインク体育館(姫路市西延末)とアクリエひめじ(同市神屋町)を会場に、3日間にわたって開かれた。
学校の現場ではイスラエルの「マイムマイム」や米国の「オクラホマ・ミキサー」の印象が強いが、世界の民俗舞踊を広く総称するのがフォークダンス。会場には欧米など世界約20カ国の伝統的な音楽が流れ、ステージでは各国の踊りが披露された。
参加者の年齢は70~80歳代が中心で、フレアスカートや柄シャツなど異国感のある衣装を着ている。輪になって軽やかにステップしたり、手を握り合って回ったり。知らない曲でも即興で動きを合わせていた。
フォークダンス用の衣装を売るエリアもあり、多くの人が手に取っていた。20年以上続ける会社員の女性(51)=千葉市=は「母親が先に始めて影響を受けた。年齢や性別、住む場所に関係なく仲間になれる」と魅力を語った。
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連盟によると、フォークダンスを日本に広めたのは、連合国軍総司令部(GHQ)だそうだ。戦後すぐ、GHQ民間情報教育局の教官ウィンフィールド・P・ニブロ氏が全国の学校教育などに取り入れた。ニブロ氏は「日本のフォークダンスの父」と呼ばれる。
子どもだけでなく大人にも普及した。1956年に連盟ができ、全国49支部で活動を展開。若者の娯楽が少なかった時代、地域や職場のレクリエーションとして公民館などで人を集めた。60年代後半、若者を中心に愛好家が大きく増えて全国的なブームになった。
連盟の各支部では、中高年を中心に今も多くの人が踊っている。簡単なステップや同じ動きを繰り返す振り付けが多く、座ってできる踊りもあり、何歳になっても楽しめるのが魅力だそうだ。若い頃に始めた世代が70歳を越え、踊り続けている人も多い。健康づくりとして高齢になってから始める人もいる。競技人口はおよそ6万人に上る。
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連盟の伊藤章二副会長(78)=宝塚市=は20歳のころ、成人式でフォークダンスを知り、職場の先輩に誘われて始めた。男性の多い会社に勤めており「女性の友達ができれば」との思いもあった。27歳で結婚した妻の節美さん(74)とは、一緒に踊って仲を深めたという。
老後、フォークダンスを目当てに世界各地を旅し、生きがいにするケースもある。伊藤さんと同じくフォークダンスをきっかけに出会った、姫路市の古谷勉さん(77)、景子さん(72)夫妻。2人はルーマニアや北マケドニア(旧マケドニア)、ブルガリア、アルメニアなど日本人観光客が少ない国に出向いてきた。
都市部の観光地ではなく、民俗の踊りが受け継がれている農村部に行く。羊飼いや草刈り、結婚式の仲人といった、その土地の文化をモチーフにしたダンスが見られ、時に一緒に踊る。古谷さんは「フォークダンスを通して現地の文化や人間について知れる。普通の観光では物足りなくなった」と笑う。
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昭和、平成の運動会では恒例となっていたフォークダンスだが、今の学校現場では姿を消しつつある。
交流サイト(SNS)の動画で子どもたちにとって多様なダンスが身近になり、Jポップなどに合わせた創作ダンスが選ばれるようになったからだ。運動会の開催時間が短くなり、競技数が減っていることも背景にある。特に男女が手をつなぐペアのダンスは、多様性が尊重される時代の中で避けられがちになっている。
伊藤副会長は「手を握ったり肩を組んだり、日本にあまりなじみがない文化だが、触れ合って仲良く踊ろうという精神やフォークダンスの楽しさが若い世代にも引き継がれるとうれしい」と語る。
























