スポーツ

  • 印刷
ヴィッセル神戸時代の思い出を語る元日本代表FW大久保嘉人=大阪市内
拡大
ヴィッセル神戸時代の思い出を語る元日本代表FW大久保嘉人=大阪市内
ヴィッセル神戸時代は左サイドMFとして新境地を開いた大久保嘉人=2009年11月21日
拡大
ヴィッセル神戸時代は左サイドMFとして新境地を開いた大久保嘉人=2009年11月21日

 J1歴代最多の通算191得点を挙げ、昨季限りで現役を退いた元日本代表FW大久保嘉人(39)。プロキャリアの最初と最後を刻んだセレッソ大阪、3年連続得点王に輝いた川崎フロンターレでの活躍が鮮烈だが、J1で最も長くプレーしたのはヴィッセル神戸時代だった。(山本哲志)

 C大阪から鳴り物入りで加入したのが2007年。ドイツ1部ウォルフスブルクへの移籍を挟んで神戸では12年までプレーしたが、下位に低迷するシーズンが多かった。

 「一番脂がのっているときやったけど、苦しかったね。メンツ的には(森岡)亮太(現ベルギー1部シャルルロワ)がいたりもしたけど、チームとして『こういうサッカーをやる』という確固たるスタイルがなかった」

 一方、左サイドMFで新境地を開き、10年南アフリカ大会でワールドカップ(W杯)初出場を果たした。

 「神戸がなかったらW杯に出られていない。マツさん(松田浩元監督)が左サイドに抜てきして、いろいろなポジションができるというのがみんな分かった。ポリバレント(多様性)になれたのは良かった」

     ◇

 神戸では延べ5年半で50得点。もう少し早く移籍していたら、前人未到の200得点を達成できたのではという声も…。

 「神戸の人はみんなそうやって言うよね。でも、それはどうかな。別の所に行ってうまくいったかは分からない。フロンターレ(川崎)が本当に合ったから」

 川崎に移籍した13年から史上初の3年連続得点王の偉業を達成。元日本代表MF中村憲剛(引退)ら屈指のパサーを得て点取り屋の才能が再び開花した。

 「自分がやることは変わってない。フロンターレは(ゴール前で)ボールが戻ってきた。神戸でもずっと求めたことなんだけど。みんな点を取りたいのは分かるけど、それに特化した人がいる。強いチームは誰が最後にゴールを取るかが分かっていて、そこにボールを集められる。だから点が取れたし、勝てた」

 それでも、21年間のプロ生活でJリーグのチームタイトルとは最後まで無縁だった。

 「もちろん優勝はしたかったけど、ぶっちゃけそんなに気にしていない。優勝はチームのもの。優勝しそうやったのはフロンターレ時代ぐらいだったし。やっぱり自分の名前をJリーグに刻む方がいいよね」

スポーツヴィッセル
スポーツの最新
もっと見る
 

天気(1月24日)

  • 9℃
  • 6℃
  • 20%

  • 7℃
  • 1℃
  • 50%

  • 10℃
  • 4℃
  • 40%

  • 8℃
  • 3℃
  • 30%

お知らせ