今年のノーベル文学賞が、韓国の女性作家、ハン・ガン(韓江)さん(53)に決まった。韓国人がノーベル賞を手にするのは、2000年に平和賞を受けた金(キム)大中(デジュン)氏に続いて2人目だ。アジア人の女性がノーベル文学賞を受賞するのは史上初めてとなる。心からの祝意を表したい。

 ただ、欧米などに限らず、アジアにも女性による優れた文学作品が数多くあるのは言うまでもない。歴史的な初受賞ではあるが、ようやく認められたという思いが強い。

 授賞理由となったのは「歴史的トラウマに立ち向かい、人間の命のはかなさをあらわにした強烈な詩的散文」という。選考委員の一人は、その文章を「豊かで複雑かつ、強烈で魅力的」と述べた。文学性の高さが決め手になったと言えよう。

 ハンさんは1987年の民主化後の文壇で「次世代の旗手」と呼ばれる。延世大を卒業した93年に詩、翌年に短編小説を発表し、注目を浴びた。2005年には日本の芥川賞に相当する李箱(イサン)文学賞を受賞した。

 16年に代表作の「菜食主義者」が英国・ブッカー国際賞を受賞し、世界的に知られるようになった。ある日、理由を明かさずに肉食を絶った女性を、家族らの視点で書いた小説だ。女性は食事を拒み、逃避するように植物になろうとする。

 この作品は社会からの女性への抑圧を暗に表現し、家父長的な家族のゆがみを浮き彫りにしたとされる。作家本人は「人とは何か」などの問いを投げかけたと述べている。身近にある深遠なテーマである。

 14年出版の小説「少年が来る」では、郷里の光州(クァンジュ)で1980年にあった「光州事件」を題材にした。軍が民主化運動を弾圧する中、犠牲になった人たちの姿を描く。21年の「別れを告げない」は、日本の敗戦後、済州島(チェジュド)で自国軍などが住民らを虐殺した「4・3事件」を取り上げた。

 作品を執筆するために、厳しく苦しい歴史を見つめる。アジア文学に詳しい渡辺英理・大阪大教授は、ハンさんを「つらい記憶に拮抗(きっこう)し得る表現を『発明』した作家」と言う。過去に向き合い、問い直す中で普遍的な表現に到達したに違いない。

 「菜食主義者」をはじめとする作品は日本語に訳されている。国内でもこれまで以上に、韓国の小説が読まれるようになるのではないか。

 100年を超えるノーベル文学賞の中で、女性の受賞者はハンさんを含めても18人しかいない。男性・欧米作家偏重だったとの批判は避けられない。小川洋子さんや多和田葉子さんら、各国で読まれている日本人作家もいる。今回の受賞決定が、アジアの文学に世界の目が向くきっかけになることを期待したい。