澤田雅浩さん
澤田雅浩さん

 先日、本紙主催の「1・17未来会議 公開フォーラム」に参加した。9年前に私が神戸へ拠点を移す前からその活動をよく知る人、移住後に知己を得て活動に共感してきた人々が登壇しており、その議論の行方に強い関心を持ったからである。

 聞きながら、阪神・淡路大震災当時、関東で大学院生として都市計画を学んでいた私は、震災対応に取り組む「第1世代」の末席にいたのかもしれないと思い至った。

 まさに「いつまでも若手」といった立ち位置である。当然、直接的に立派な貢献ができたわけではない。だが、先行事例のないままに次々と生じる課題に対し、悩み、考え続ける先輩たちの背中を見ながら、その奮闘の一助となるべく実践や研究を続けてきた世代である。

 一方、壇上で言葉を紡いでいたのは、あの日「その街の子ども」だった世代だ。彼らは大人になり、親や当時の大人たちの葛藤や奮闘を自らの立場で受け止め直したからこそ社会の「ゲームチェンジャー」になり得るのだと。

 私たちが歩んだ軌跡は今、彼らの感性で新しく書き換えられようとしている。

■3層が織りなす変革の始まり

 阪神・淡路大震災から31年。さまざまなデータは、街が静かに、しかし確実な歩みで移り変わっていることを教えてくれる。神戸市民の3人に1人は震災以降生まれとなった。転入者を合わせれば、当時の神戸を直接知らない層は6割を大きく超える。一方で、復旧復興の最前線を担った「当時のおとな」は過半数を割り込んだ。これらが記憶継承の「30年限界説」が懸念される一つの根拠である。

 記憶を持つ者がマイノリティーとなる時、経験は歴史の彼方(かなた)へと追いやられてしまうのではないかと危惧するのは当然である。しかしこの状態を、単に生々しい記憶が薄れていく「風化」と見るのではなく、今だからこそ三つの層がそれぞれの持ち場で響き合う「新しい可能性が萌芽(ほうが)するタイミング」だと捉えられないだろうか。

 では、その三つの層はどのような構成を持つのか考えてみたい。

 第1の層は、当時から当事者として行動し奮闘してきた世代に加え、私のような「震災時にすでに大人の一員であり、学生や研究者、支援者として歩み始めた世代」だ。実はこの世代は、バトンを先達から「受け取る」立場というよりむしろ、重いバトンを先達と一緒に携え、最後尾を息を切らせながらもなんとか追走してきた層と理解すべきかもしれない。

 今もまだ私たちは第1世代の延長線上にあって、正解のない課題に初体験として向き合い続けている。震災から時間を経て顕在化する高齢化、コミュニティーの再編といった課題は、やはり明確な解答を持たないまま手探りで対応しなくてはならない。この試行錯誤の積み重ねを単なる苦労話で終わらせるのではなく、次なる災害への「道標」として言語化し、整理することが第1の層の最後尾である私たちの役割だと言える。

 第2の層は、現在人口の約2割を占める、当時「子ども」だった世代だ。今回のフォーラムの登壇者たちがまさにこの層に該当する。彼らの強みは、当時の記憶がおぼろげであっても、現地にいてもいなくても、主体的に課題解決に取り組む必要性が少なかったがゆえに、親や周囲の大人たちの行動や言葉を、大人になった今の自分が「追体験」として腑(ふ)に落としていける点にある。彼らは、当時の大人が見せた弱さや強さを冷静に再解釈し、それを踏まえた「先」の社会を創造する力を持っている。これは震災後に生まれた層とは決定的に違う点なのだ、と議論を聞きながら理解した。

 「追体験による納得」を経て社会を書き換えることのできる2割のゲームチェンジャー層の存在は、阪神・淡路の被災地だからこそ育まれた、固有の希望である。

 そして第3の層、震災以降に生まれた世代だ。彼らは幸いにもゼロから手探りで進む心配は少ない。第1世代が残した道標と、子どもだった第2世代が試行錯誤して整えようとする「未来社会」への志向の上から、安心してスタートを切れる特権を持っている。

 一律に震災伝承を強いるのではなく、「この街の子ども」たちの納得から生まれる新しい社会の模索を第3世代が上手に引き継ぎ、協働を促すこと。それが「昔話」としての伝承を越え、経験の上に新しい社会を創造していくというダイナミズムを生み出すのではないか。31年という歳月を経て、この連鎖の可能性が見えてきたように思う。この構造を意識して取り組みを進めていくことが、震災の経験を、未来を照らす「知恵」に変える道になるだろう。

 フォーラムの熱気は決して「限界」などではなかった。かつて最若手だった私たちの世代が、震災を自らの物語として語り直し、社会を変革する後続の世代へと、そっと手を添える新しい始まりの風景だ。「最後の一人まで」という復興の祈りは、今、層を成して未来へ受け継がれる。その温かな連鎖こそが、神戸が歩んできた31年の、何よりの価値である。

(さわだ・まさひろ=兵庫県立大大学院減災復興政策研究科准教授)