2026年度政府予算案が、自民党、日本維新の会の賛成多数で可決され、衆院を通過した。与党が審議時間を大幅に短縮し、野党の反発を顧みず、「数の力」を頼みに採決を強行した。議会が予算をチェックする財政民主主義をないがしろにするものだ。国会審議を空洞化させてはならない。
一般会計の総額は過去最大の122・3兆円に上り、歳入の2割強を新たな国債に依存する。無駄や改善点はないのか。税金の使途を示し、幅広い政策の裏付けとなる予算案の審議に時間をかけるのは当然だ。
例年は衆院の審議に70~80時間を割いてきた。少数与党だった石破政権下では92時間に上る。それが今回は60時間弱に激減し、国民の疑問に答える熟議の国会には程遠い。
与党が強硬姿勢を崩さないのは、高市早苗首相が予算案と関連法案の年度内成立に固執するためだ。だが通常国会の冒頭で唐突に衆院を解散し、審議入りを遅らせたのは首相自身である。「国民の生活に支障を生じさせないよう」と急ぐ理由を繰り返すが、身勝手が過ぎる。野党が提案する暫定予算案の編成にも取り合わない。衆院選の圧勝による慢心があるのではないか。
国民の代表である国会の軽視は議会制民主主義の根幹を揺るがす。首相が掲げる「責任ある積極財政」の是非や増え続ける社会保障費、防衛費など議論を深めるべき課題は山積している。米国とイスラエルによるイラン攻撃への対応方針や、首相が自民の全衆院議員に総額1千万円程度のカタログギフトを配布した問題なども説明を尽くす必要がある。
にもかかわらず、衆院選を経て自民が奪還した予算委員長らの差配で首相の答弁機会は激減した。与野党は昨年、基本質疑では閣僚は要求があった場合のみ出席することで合意したが、首相が自身の負担が重いと不満をこぼし、自民が全閣僚の出席に戻した。野党が首相に答弁を求めても閣僚が答える場面が増えた。
首相の意をくみ、立法府自らが審議を軽んじるのは由々しき事態だ。分野別に詳細を審議する分科会を開かず、専門的質疑を行う省庁別審査や公聴会の日程も委員長の職権で決めた。予算案を主管する財務相が予算委に出席しない日さえあった。
首相は施政方針演説で「謙虚に政権運営に当たる」と述べたが、言葉とは裏腹に野党の追及から逃げ、国会審議をせかすのは誠実さを欠く。
少数与党の参院で野党の協力が得られなければ、年度内成立は不透明になる。首相は謙虚に批判に耳を傾けるべきだ。野党は政権の暴走に歯止めをかける責任を肝に銘じ、参院での論戦に挑まねばならない。
























