下町を体感するならやっぱり銭湯へ！　阪神・淡路大震災前まで約５０軒がひしめいた「銭湯王国・長田」。震災で大きな被害を受け、兵庫県公衆浴場業生活衛生同業組合に所属するのは現在１２軒と激減したが、それでも神戸市内最多を誇る。女子目線で長田の銭湯を巡ってみた。

　女子限定のとっておきがある！　と聞き、訪れたのが「扇港湯」（同市長田区駒ケ林町２）。女将の綿貫茂子さん（７８）に連れられて女湯をのぞくと、そこには神戸の港町の夜景が広がっていた。

　夜景と言ってもタイル職人の手で描かれたタイル画。細かいタイルを１枚１枚組み合わせて、壁一面にポートタワーやビル群などが放つ港町の夜景がリアルに再現されている。海面にも光が反射する光景は圧巻だ。１９６３（昭和３８）年の神戸ポートタワー完成を記念し、２年後の６５年にお目見えした。

　男湯からはポートタワーの先端部が見えるだけ。当初、男女の浴場を日替わりにしてほしいとの要望もあったが、脱衣所の入れ替えに労力がかかるという理由で、男湯には諦めてもらったという。

　脱衣所中央付近に背の低いロッカーが置かれている。「これは何ですか？」と女将さんに尋ねると、ロッカーの中から赤ちゃんサイズの小さな布団と枕が出てきた。ロッカー上部の仕切りにぴったりとおさまり、あっというまに４人分のベビーベッドに様変わり。

　今では利用する人はいないそうだが、「赤ちゃんのお守りする専用の人を雇ってたんよ」と当時の盛況ぶりを語ってくれた。「今連れて来たら？」と尋ねると、「私とお客さんが見てあげるから大丈夫」と頼もしい答えが返ってきた。

　まさしく女子限定のとっておき。関心していると、時計の針が開店時間の午後１時を指す。のれんがかかる前からどんどん常連客が入ってくる。素早く服を脱ぎながら、「ここのお湯は熱めで最高」「アップル（兵庫鉱泉所製造のみかん水）あるよ」などと教えてくれ、浴場に入っていった。

■浴室の中央にある浴槽とは

　全国千カ所以上の銭湯を巡り、「レトロ銭湯へようこそ」などの著書がある松本康治さん（５６）＝神戸市東灘区＝は、扇港湯の浴場の中央に鎮座するくみ出し専用の槽は、他にはない「神戸式」と指摘する。

　カランが足りない際に横に腰掛け、シャワー代わりに使用するもので、入ってはいけないという。

　松本さんは「銭湯の利用者は大半が地元の人。地域それぞれ独自のスタイルが残る」と話し、銭湯の楽しみ方について、「漁師町なら漁師が今日の釣果を話していたりするように、よそ者として地元の世界を体感したりすること」という。（石川　翠）