我が子の病気との向き合い方が見え始めたのに、突然、予想外の事態が起きたら、親はどう目の前の状況を受け入れればいいのだろうか。
現在、1歳の千香ちゃんは先天性心疾患と診断され、根治に向けた手術を受けたが、予期せぬ事態が起き、低酸素脳症になった。
「SNSでの子どもの顔出しがよくないことは分かっていますが、千香の世界は狭く、ICUの医者や看護師、私と夫にしか会えない。誰かに千香を知ってもらいたかったし、『かわいい』と言ってもらえると、娘がちゃんとこの世に存在していると実感できるんです」
■妊娠20週目で我が子が「先天性心疾患」であると分かって…
千香ちゃんの病気が判明したのは、妊娠20週目の頃。本来なら2つある心室の片方がないか、非常に小さい「単心室症」と診断された。
両親は初めて聞く病名に戸惑ったが、中絶という選択肢はなかったという。
「通院先の産婦人科に偶然、小児の心臓医がいたので、今後の説明をしっかり聞けたことが大きかったです。娘は早い段階で、専門病院や大学病院と繋がることができました」
現代の医学だったら死なない病気。そんな医師の言葉にも救われた。
単心室症は、現在の医学では根治することが難しい。だが、段階的に手術を受け、最終的なゴールとされている手術を受けられたら、普通に限りなく近い日常生活が送れるケースも多い。
出生後、千香ちゃんは左心室と大動脈の間にある「大動脈弁」が開かず、心臓から全身に血液が送り出しにくい「大動脈狭窄症」や、左心房に戻る肺静脈が右心房などに戻ってしまう「総肺静脈還流異常症」なども併発していることが分かった。
千香ちゃんの場合は心臓やその周辺が複雑な構造をしていたため、単心室症患者の多くに行われる第一段階の手術は行えず。そこで、「ステント」という医療器具で動脈管を広げる手術を受けた。
■生後2カ月で初退院!自宅で“かけがえのない家族時間”を過ごす
術後、千香ちゃんは元気になり、ミルクを口から飲めるように。生後2カ月ほど経った2024年7月15日に退院し、初めて自宅で家族と過ごすことができた。
自宅では体調を崩さないよう、室温管理を徹底。朝昼晩の投薬時間を基準にして授乳やお昼寝、お散歩などをした。
「薬がまずくて嫌がったので、服薬後にすぐミルクをあげるというローテーションがよかった。だから、投薬の時間を基準にして育児をするようになりました」
泣くと心臓に負担がかかるため、家族総出で常に抱っこ。両親が同居しており、旦那さんは在宅ワークであったので、ワンオペ育児にならずに済んだ。
だが、退院から1カ月半ほど経った9月上旬の検診時、千香ちゃんは血液中の酸素量が70%(※正常値は96~99%)を切ったため、一時入院となる。
退院後は在宅酸素が必要になったが、体重が増えるなど順調に成長していった。
■術後に容体が悪化して「低酸素脳症」に
2024年11月、生後半年になった千香ちゃんは手術のため、入院。両親は、千香ちゃんが好きな歌を歌ったり、いないいないばあしたりして、少しでも明るく過ごせるように努めた。
11時間にも及ぶ手術は無事、終了。あとは、状態が落ち着くのを待つのみ…。そう思っていたが、突如、容体が悪化。
術後1日目の夜、上半身の血液を集める上大静脈の圧力が上昇し、酸素濃度が低下。鎮静剤の投与で一時的に改善したが、その後、急激に酸素濃度と血圧が低下した。
すぐに心臓マッサージが行われたが、回復困難との判断から、再び開胸して心臓の補助装置ECMOを装着することに。ECMOは2日後に外され、その後、千香ちゃんは細い管を血管内に挿入するカテーテル手術などを受けた。
そうした治療により命を繋ぎとめることはできたが、脳への酸素供給が不足して脳細胞が損傷を受ける「低酸素脳症」になった。
「低酸素脳症だと知らされた時は、絶望しました。サッパリとした口調で話される外科の先生は、その時も同じ調子で『無理だよ。家では育てられない』と。頭が真っ白になりました」
■娘が「低酸素脳症」になって変わった“家族の日常”
千香ちゃんは現在、ICUで過ごしている。ミルクは管を使って胃に直接入れているという。
「座った状態で首が前に傾かないようにするリハビリや手足が固まらないように動かすリハビリ、バギーに座る練習、口の中を刺激して舌を動かすリハビリを受けています」
ただ、てんかん発作のような痙攣が起きるため、座薬を入れ、寝かせている時間は長いという。
「よく笑う子でしたが、今は笑顔がありません。ただ、『嫌だ!』というリアクションは、最近してくれるようになりました」
入院中は患者だけでなく、家族が感じる心理的負担も大きい。何もなく終えることができた今日に安堵しては、明日が怖くなる。限りある面会時間の中では「してあげられることの少なさ」に落胆することもあるし、我が子が長期入院している場合は家族の思い出を作ることが難しく、歯がゆい。
そんな日々を送っているからこそ、嬉しかったのが、入院中の家族に向けて「あけみちゃん基金」とスタジオアリスが協力して行ってくれた写真撮影サービスだった。
「手術前は、術後にスタジオアリスでお姫様の格好で写真を撮るのが夢だったので、本当に嬉しかった。病院で衣装を選んで写真を撮り、みんなから『かわいい』とチヤホヤしてもらえて幸せな気持ちになりました」
■精神的・肉体的負担と闘いながら「娘に会いたい」と心身に鞭を打つ
我が子の長期間入院は、家族の生活を大きく変える。現在、両親は「我が子に会いたい」と「肉体的・精神的に苦しい」の狭間で苦しんでいるという。
千香ちゃんの場合は、入院先が遠方。車で往復2時間かかる。
「在宅ワークの夫は仕事を調整して毎日通っていますが、正直、疲れ切っています。私は娘が低酸素脳症になってから精神のバランスを崩してしまい、1週間に多くて2度ほどしか行けていません」
夫に、これ以上負担をかけるわけにはいかない。そう思い、面会に行こうとするも、車に乗ったりICUへ行ったりすると、我が子の容体が急変した日の苦しみを思い出し、パニックになってしまう。
「本当は、毎日何回でも抱っこして顔を見たいのに精神的に難しい日があってもどかしい。今は薬を飲みながら体と相談して、お見舞いに行っています」
■「奇跡の押し付け」や無神経な動画に心を抉られて
我が子の将来を考える余裕がないほど、今どうすべきかで精一杯。そう話す両親の姿はとてもリアルなものであり、2人が悩みながら乗り越えてきたこの1年間の重みが胸に刺さる。
今日ここにいてくれること、それだけで十分すぎるほど幸せ。生まれてきてくれて、ありがとう千香ちゃん。来年も再来年も、ずっとお祝いができますように…
現実を受け止め、そう思える今に辿り着くまでにはたくさんの葛藤や涙があり、両親はSNSを通して届く「奇跡が起きる」という根拠のないメッセージや、そこに添えられた元気な子どもの動画や写真に胸を抉られてもきた。
「回復を諦めてはいませんが、重度の医療ケア児ママと話していると誰も“奇跡”の期待などしていないと感じますし、私もそうです。でも、毎日、何件も『うちの子は治った』や『奇跡はある』というメッセージは届くんです」
また、両親のもとには子どもの障害につけこむかのような宗教の勧誘も頻繁に届くという。
我が子に医療ケアが必要になった時、親が欲しいのは似た状況に置かれた人の体験談や役立つケア情報、直面している問題への解決法だ。
SNSを介して知った障害児をどう見守り、その両親をどう支えていくか。千香ちゃんの両親のリアルな想いは、そう考えるきっかけも授けてくれる。
(まいどなニュース特約・古川 諭香)