吉沢亮さん
吉沢亮さん

興行収入100憶円を突破した映画「国宝」で主演を務めた吉沢亮。この「吉沢」という名字はかつての一等地に住んだ人が名乗った名字だった、というと驚かれるだろうか。

ところで、「沢」のつく名字は多い。「沢」とは山の中を流れる小さな流れのことで、今では「沢」の近くに住んでいる人は少ない。では、なぜ「沢」のつく名字は多いのだろうか。

実は、かつて「沢」は人が住むための一等地だった。

江戸時代以前は水道も電気もガスもない。それ以前は店すらほとんどなく、生活に必要な物はすべて自分で調達する、自給自足の生活だった。

こうした生活で最も重要なのが飲料水である。今でもアフリカなどで飢饉になると、遠方まで水を汲みに行くのが大変だというニュースが流れる。しかし、「沢」にはきれいな水が流れており、沢の近くに住んでいれば飲料水には困らない。さらに奇麗な水の流れる沢には魚がおり、とって食べることもできる。

また沢の周囲は山で、木が生えている。そこでは食料となる木の実や山菜もとれるし、木の枝などは「柴」として持ち帰って燃料にしたり、家の生け垣に利用したりした。

それだけではない。中世だとしばしば戦が起こって庶民は巻き込まれてしまう。そういう時には山に逃げ込んで難を避けるのだが、沢だと裏は山なのですぐに逃げ込むことができる。

「沢」はこれらすべてを兼ね備えたまさに一等地だった。そのため沢の近くに住む人は多く、名字でも「沢」のつくものは多い。

では「吉沢」の「吉」は何かというと、植物のアシ(葦)に因んでいる。

アシはかつては水辺に普通に生えていたイネ科の植物。その茎は茅葺屋根の材料となり、すだれや舟の制作も使用するなど、日常生活と深く結びついていた。しかし「アシ」という音が「悪(あ)し」と同じことから、「ヨシ」とも言い換えるようになった。

当時から、地名や名字には縁起のいい漢字をあてるという習慣があったことから、「ヨシ」には「吉」という漢字をあてることが多かった。こうしてできた名字が「吉沢」である。

つまり、ただでさえ住みやすい一等地である「沢」に、日常生活に必要な「アシ=ヨシ」まで生えているという、極めて住みやすい場所が「ヨシザワ=吉沢」である。

◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら研究を続ける。2017年から5年間NHK「日本人のおなまえっ!」のコメンテーターを務めた。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。