Aさんは5歳の娘の手を引き、地元のお祭りに来ていました。鳴り響くお囃子と屋台から漂う甘く香ばしい匂いが、祭りの高揚感を一層引き立てます。娘は目を輝かせながら、人の波をかき分けるようにしてAさんの手をぐいぐいと引っ張りました。
しばらく歩くと、色とりどりのリンゴ飴が並んだ屋台が目に留まりました。娘が「あれが食べたい」と指をさしたので、Aさんはにこやかに頷き屋台の列に並びました。自分の番が来て、バッグから財布を取り出そうと少しうつむいた、ほんの一瞬のことでした。
ふと娘のほうへ視線を戻したAさんは、信じられない光景に息をのみました。なんと娘が、カウンターに並んでいた真っ赤なリンゴ飴を1つ掴み、大きな口でガブリと頬張っていたのです。Aさんの頭の中は一瞬で真っ白になりました。屋台の店主は、他のお客さんの対応に追われていて、まだこちらには気づいていない様子です。心臓が早鐘のように鳴り始め、冷や汗が背中を伝いました。
このように、幼い子どもがまだお金を払う前の商品を勝手に食べてしまった場合、親は法的にどのような責任を負うのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞きました。
■窃盗罪には問われないものの、責任は負わないといけない
ー幼い子どもが悪意なく店の物を食べてしまった場合、法的に支払い義務は生じますか?
法的に支払い義務が生じます。このケースのように、一般的に低年齢の子どもには「責任能力」がないと判断されます。責任能力とは、自分の行動がどのような結果を招くかを理解し、その責任を判断できる能力のことです。
子ども自身に責任能力がないため、子どもが他人に損害を与えた場合、その親権者などの監督義務者が代わりに責任を負うことになります(民法714条)。これは、親が子どもの行動を監督する義務を怠った、と解釈されるためです。
お祭りのような混雑した場所で、一瞬目を離した隙の出来事であったとしても、監督義務を果たしていなかったと判断される可能性は非常に高いでしょう。
ー刑法上の「窃盗罪」にあたるのでしょうか?
このケースでは窃盗罪にはあたらないと考えます。刑法の窃盗罪が成立するためには、「故意」、つまり盗むという明確な意思が必要です。5歳の子どもは、お金を払わずに店の物を取る行為が「悪いこと」であると認識する能力、つまり刑事責任能力がありません。そのため、子どもの行為が窃盗罪とみなされることはまずないでしょう。
子どもの年齢は、刑事責任能力を判断するうえで非常に重要な要素です。日本では、14歳未満の子どもは「刑事未成年者」とされ、刑法上の犯罪で罰せられることはありません。
また、親であるAさんについても窃盗罪は成立しません。Aさんには盗む意思はなく、娘の行動は予期せぬものでした。警察を呼ばれるような事態にはならないでしょう。
ーもし、高価な商品を壊してしまった場合はどうなりますか?
親が損害賠償責任を負うことになります。損害の対象が高価な商品、例えばガラスケースに入った高級な置物や、電子機器などであったとしても、法律上の考え方は同じです。子どもに責任能力がない以上、監督義務者である親が、その商品の価値に相当する金額を賠償する義務を負います。
商品の金額が高額になればなるほど、親の負担は当然大きくなります。万が一に備えて、個人賠償責任保険などに加入しておくことも一つの対策と言えるでしょう。
◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)