優待券で実質タダにするために奔走
優待券で実質タダにするために奔走

■節約のつもりで始めたはずの、危うい一歩

神奈川県在住のRさん(40代)の夫は、最近急に家計を語るようになりました。きっかけはNISAでした。将来に備え、少しずつ資産運用を始めたいのだそうです。その流れで興味を持ったのが株主優待でした。

「外食も買い物も優待があれば節約になる」。その理屈はもっともらしく聞こえます。実際、最初のうちは家計にプラスになっているようにも見えました。

しかし、そこには落とし穴が潜んでいたのです。

■増え続ける封書とカタログが示していた変化

いつの間にか、自宅には見慣れない封筒や分厚いカタログが積み上がるようになりました。飲食店の割引券、商品交換の案内、赤字で期限が強調された優待のお知らせ。

夫はそれらを丁寧に整理し、満足そうに眺めています。Rさんは「また何か届いたのね」と口にしながらも、節約というより、完全に趣味の領域に入っているのではないかと感じ始めていました。

株主優待は「得した気分」を与えてくれます。しかしその気分が先行すると、実際にいくら使い、どれほど時間や労力を費やしているのかが見えにくくなります。

■「今週末は優待消化デー」と宣言された日

ある週末、夫はこう宣言しました。「優待の期限が迫っているから、今週末は消化デーにする」

昼食は指定の店、買い物は別の商業施設、映画も優待券が使える劇場へ行く計画です。家族で出かけるなら悪くないと思い、Rさんと子どもも一緒に出かけました。

ところが、現実は想像以上に過酷でした。移動は多く、どの店でも行列に並び、気がつけば時間だけが過ぎていました。優待を使うために動き回る一日になっていました。

■優待を使うために、余計な負担が増えていく

途中から子どもが不満を口にしました。「行きたいお店じゃない」「普通に好きなところで食べたい」

優待を使うことが目的になると、本来は不要な外出や移動が増えます。交通費や待ち時間、ついでの出費は計算に入れられないままです。

最終的に、家族はそれぞれ優待券を分け合い、別行動を取ることになりました。夫は一人で優待店をはしごし、「これで実質タダだ」と笑っていました。

■禁句だった「それで、いくら得したの?」

夕方、全員が合流したとき、夫は明らかに疲れ切っていました。Rさんは思わず聞いてしまいました。

「結局、いくら得したの?」

その一言で空気が一変しました。夫にとっては、努力や達成感を否定されたように感じたのでしょう。

優待は数字ではなく感情に訴える仕組みです。お得という実感が先に立つため、冷静な損得計算が後回しになりやすいのです。そのため、株価の下落や時間的コストといった不都合な現実が後回しにされがちです。

■株主優待が家族にもたらす、見えにくいリスク

株主優待そのものが悪いわけではありません。しかし、そこには見えにくいリスクが潜んでいます。多くの優待には期限があり、それに追われることで無意識のうちに焦りやストレスが生まれます。使わなければ損をした気分になるため、本来なら入れなくてもよい予定を詰め込み、優待を消化すること自体が目的になってしまいます。

その結果、行きたい場所でも食べたいものでもない選択を家族に強いることになり、価値観のズレが少しずつ表面化していきます。節約のつもりで始めた行動が、気づかないうちに家庭内の不満を積み上げてしまうこともあるのです。

■節約は、心が貧しくなったら負け

Rさんは家族会議の末、優待は「使えたらラッキー」程度にとどめ、家族の予定を優先し、移動が多いものは無理に消化しないというルールを決めました。

節約は生活を楽にするための手段です。疲れや不満を増やしてまで守るものではありません。

株主優待は家計の味方にもなりますが、使い方を誤れば、静かに家庭の溝を深くしていきます。そのことに気づけるかどうかが、分かれ道なのだと感じています。

(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)