日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)
日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)

中国で10月1日、改正国防動員法が施行された。

2010年制定の法律を全面的に見直したもので、国防動員を、国家の主権や安全などへの脅威に対応し、平時から戦時への迅速な転換を図り、経済・社会の力を国防力に転換する活動と位置付ける。今回の改正は特定の国や企業を対象にしたものではなく、施行されたからといって日本企業の資産や技術が直ちに軍事利用されることを意味しない。ただ、中国で事業を展開する企業にとって、安全保障を経営上のリスクとして捉える必要性を高める制度変更である。

■中国で事業展開する企業が直面する複数のリスク

第一のリスクは、データと技術の管理である。改正法は、国防動員に関係するデータの収集・利用を制度化するとともに、先端技術の国防動員への活用を進める。中国で収集・保有する顧客情報、製造データ、AIやソフトウエアなどについて、日本本社や海外拠点とどこまで分離して管理するかが重要になる。問題は単純な技術流出だけではない。中国国内のデータや技術が国家安全保障上の要請と企業活動の間で緊張関係を生む可能性がある。

第二は、サプライチェーンへの影響だ。改正法には戦略物資の備蓄・利用、軍品の研究開発や生産、修理保障などが盛り込まれ、企業には国防動員に関する能力や資源の提供を求める規定もある。中国に工場、物流拠点、研究開発施設、部品調達網を持つ日本企業では、平時に民生用として構築した設備や供給能力が、国防動員時に利用される可能性を考える必要がある。自動車や電子機器だけでなく、機械、化学、物流、ITなど幅広い業種が関係する。供給停止や納期遅延に加え、自社の事業が地政学的対立に巻き込まれるリスクもある。

■緊急時、どれを国内に残しどれを海外へ分散させるか

第三は、複数の法制度に挟まれるリスクである。中国国内で当局から協力や資源提供を求められた場合、日本や米国の輸出管理、制裁、経済安全保障関連規制との整合性を確認しなければならない。中国側の要請に応じれば他国の規制との関係が問題となる可能性がある一方、拒否すれば中国国内での事業継続に別の影響が生じる可能性もある。企業は中国法だけでなく、日本法や米国法など複数の制度を同時に管理する必要がある。

第四は、現地人員と資産の事業継続リスクである。改正法は後備兵員の徴集や国防勤務に加え、民用資源の徴収・徴用を定めている。これは、中国現地法人の従業員が一律に動員されるという意味ではない。しかし、必要な場合に人員が国防関連の義務を担うことや、車両、倉庫、輸送手段などの民間資源が動員対象となることは、企業の人員配置や物流に影響し得る。現地人材への依存度や中国国内の資産集中度が高い企業ほど、緊急時の事業継続計画を具体化する必要がある。

特に、中国事業への依存度が高い企業では、効率だけでなく、緊急時にどの機能を国内に残し、どの機能を海外へ分散させるかという経営上の判断がより重要になる。経営全体で横断的に事業継続策を検討することが欠かせない。

重要なのは、改正法の施行を直ちに中国事業から撤退すべきという問題として捉えないことだ。企業に求められるのは、重要データや技術の管理を見直し、調達先や生産拠点を分散し、複数国の法令を確認しながら、有事や緊張の高まりを想定した事業継続計画を整えることである。中国での事業機会を維持しつつ、安全保障、人員、資産、法令、供給網という複数の側面からリスクを把握することが、今後の日本企業にとって重要になる。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。