テナントビル一階の美容院はこぢんまりしていた。いすは六つほど。山下伸さん(47)は、妻満枝さん(38)とアルバイト男性の三人で切り回していた。
「一番ショックだったのは、県外だからと融資の利子補給が受けられなかったことですね」。今でも納得できないという様子だった。
山口県東部の新南陽市は、瀬戸内コンビナートの街・徳山市に隣り合う。山下さんの店は、JR山陽線新南陽駅前のロータリー近くにあった。
神戸市灘区で経営していた二軒の美容院は全半壊、自宅マンションは立ち入り禁止になった。一時避難のつもりで、妻と二人の子どもと徳山市の市営住宅に入った。勤めるつもりだったが、年齢に見合う給料を出す店はなかなかない。
店を開くと決めたのは早かった。土地カンがなく、知り合いがいなくても、生活の糧を得なければならなかったからだ。
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阪神・淡路復興基金に被災事業者向け融資に利子補給があると聞いたのは昨年春。店を決め、融資を受けるため訪れた徳山の国民金融公庫窓口でだった。内装費八百万円の災害貸し付けを受け、利子補給を申し込んだ。公庫融資に関係するだけに、県外がだめとは考えてもいなかった。
「それが約九カ月もたった今年一月、県から『対象は県内に事業所を有する人だけ』と連絡がきたんです」
一年間の元金支払い猶予を受け、利子分の支払いを続けていた。問い合わせも一切なかった。月々五万円と思っていた返済は八・九万円になる。壊れた神戸の店の改装費の支払いも残っている。
融資窓口の兵庫県生活衛生課は「基金は県内産業の復興、育成に資金を使うのが第一。県外の人には遠慮してもらっている」と話すが、山下さんには、「なぜ」という疑問がとけない。
「分かっていたら五百万円くらいで開店できる場所を探した。何も特別扱いをしてほしいわけではない。平等に扱ってほしい。勝手に出てきたと言えば勝手だが、前向きに立ち上がろうとしているのだから、もうちょっと何かしてくれてもいいじゃないですか」
同様の制度に、兵庫県と神戸市が行った緊急災害復旧資金の利子補給がある。この場合は「貸し付け自体が県内の事業所で利用するもの」(兵庫県金融課)と、利子補給が兵庫県内だけになった。この制度に準じて兵庫県がつくった政府系中小企業金融機関の利子補給も県外被災者は対象外だった。
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今年五月、山下さんは開店一周年の感謝を込め、知人のギタリストを新南陽に招いてコンサートを開いている。地元の「山口異文化交流ネットワーク」と一緒に取り組み、会場は満員の盛況だった。
「もう帰らないのか」「なんでこちらに」と繰り返される質問に、腹立たしい思いをしてきたが、以来、「はんぱもんじゃないと、ちょっとは市民権を得たような気がする」
だが、旅先で仕事しているような感じは抜け切らない。
「『市広報とか区だよりは、お金を出してもずっと取ろうね』と話している。何があるわけではないが、懐かしい。大石(神戸市灘区)の市場やセンター街、高架下の話が出たらうれしい。戻れるなら明日からでも戻りたい。そしたらどれだけ落ち着くだろうか」
1996/9/25