■秋には父と母になる もう大丈夫 おれが守る
遺児のカップル、船山祐二(20)と小坂千尋(20)は今年、成人式を迎えた。
晴れ着姿で神戸市主催の式典に出席した千尋。「そんなんには興味がないです」と話す祐二にも、決意があった。
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単車の無免許運転、シンナー、窃盗…。この十年、ずいぶんやんちゃをした。それでも「夢の中でいいからお父さんに会いたい」という気持ちは消えなかった。
「まず、謝りたいんです」
震災の二日後、避難所で倒れた父、一雄=当時(49)=は「寒い、寒い」と何度もトイレに行きたがった。「また?」と案内役を渋るうち、父は「トイレ」と言わなくなった。
「すごく我慢していたと思う。それで体調を崩したのかもしれない。ごめん」とうつむいた。
聞きたいこともある。
父の若いころ。四年間、入隊していた自衛隊。病気で全盲になったとき。姉、真奈(21)と祐二が生まれたとき…。「どんな気持ちだったんだろう。お酒をつぎながら、人生の相談をしてみたい」
そして<男の約束>。
これまでの身勝手な振る舞いが、母、静子(53)と真奈をどれだけ心配させただろう。
「お父さんが守ろうとしていたものを、これからはおれが守るから。お母さんとお姉ちゃんのことは任せてほしい」
歩道橋で肩車をしてくれた父。キャッチボールをしてくれた父。家族のために雑踏と向き合った父に、こう言って安心させてやりたい。
「もう、おれは大丈夫。しっかり生きてるで」
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真奈にも最近、大学生の彼ができた。
昨年のクリスマスイブ。真奈がアルバイトをしている回転寿司のチェーン店に、彼が母、静子の手を引いて一緒に来てくれた。
母がリクエストする。「マグロが食べたいな」「次はエビ」。流れてくる皿を待ち、目の見えない母のために、彼が「どうぞ」と並べてくれる。三人で四十皿を平らげた。最高記録だ。
自宅に戻り、コンビニエンスストアで買ったケーキを食べる。ちょこんといすに座った母は、ずっと上機嫌だった。
その様子を見ながら、はっと気付いた。「こんな光景、前は想像もできなかった。この十年があって、今があるんやな」
そして、思った。
「お母さんって、こんなにかわいかったんや」
やっと、新たなスタートラインに着けた気がする。
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報告したいことがある。
数日前に会ったとき、祐二が照れながら言った。
「実は、子どもができたんです。今年中に千尋と結婚します」
昨年末。名古屋の工場に一週間、出張した。油にまみれ、トラックほどの大きさの発電機を洗っていると、千尋からメールが来た。
「祐二、パパやで」
予感はあった。若すぎる気はしたけれど、迷いはない。
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二人は、神戸・東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」を知らなかった。誘うと、「行ってみたい」という。公園にともり続ける「希望の灯(あか)り」を見て「これ、知ってる」と声を上げた後、地下につながるトンネルに入った。
光が差し込むドームの壁に、震災で犠牲になった約四千七百人の名前が並ぶ。順番に目で追う。
「あ、あった。おとんや」「私のお母さんのも」。長い沈黙。いつの間にか手をつないでいる二人。
心の中で、それぞれの父と母に報告した。
「僕らも親になるよ」
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六千四百三十三人の命が奪われたまちで、私たちにできることは何か。遺児たちに会いながら、そんなことを考えていた。
奪われた命は、残された者にとってどれだけ掛け替えのないものか。分かったつもりで、本当に実感するのは難しい。
だから思う。祈ること。祈り続けること。それが、死者と残された者に対してできる、私たちの精いっぱいの礼儀ではないか。
「祈り続けるまちであってほしいね」。祐二と千尋に伝えると、うれしそうに笑ってくれた。(敬称略、文中仮名)
2005/1/15