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 船山祐二(20)の彼女、小坂千尋(20)も震災遺児だった。

 千尋とは昨年秋、友人の紹介で知り合った。大きな目がかわいかった。夜、飲食店でアルバイトをしているという。何となく気が合い、付き合い始めた。

 まだ二人の間がぎこちないころ、会話の流れで祐二が切り出した。

 「おれ、震災でおとんが死んでなあ」

 「えっ、そうなん。私もお母さん、地震で死んでん!」

 顔を見合わす二人。こんなことってあるのか。祐二と千尋の距離が一気に縮まった。

 「だって、言わなくても分かりあえるじゃないですか。同じ日から、同じ思いで過ごしてきたんですから」と祐二。

 そして「信じてもらえないでしょうけど」と、昨年暮れの出来事を話し始めた。

    ◆

 千尋は時々、精神的に不安定になる。その夜も黙ってうずくまると、小刻みな震えが全身に広がった。

 激しいけいれん。祐二は驚いて抱き締める。すると、千尋の表情が見る見る変わり、別人のようになった。いつもと違う声が言った。

 「お願い。お願いやから、千尋ちゃんを悲しませんとってね」

 祐二は直感する。

 「千尋のお母さんや」

 とっさに「はいっ、はいっ」と返事をした。救急車を呼ぼうとすると、震えは収まった。

 千尋から「たまにお母さんが体に入ってくる」と聞いていたが、信じていなかった。でも、精神的な催眠現象でそういうことがあるのかもしれない、と考え直した。

 怖くはない。祐二はうらやましかったのだ。

 「千尋をお母さんが守ってくれている。僕も、夢の中でいいからお父さんと会いたい。聞きたいこと、伝えたいことがたくさんあるから」

    ◆

 千尋は地震のことを語りたがらない。以前からそうだった。

 「同情されるのが嫌いやから」と言う。それでも、たわいもない世間話をするうち、クッションを抱いたまま、ぽつりぽつりと話してくれた。

 神戸市西部のアパートで被災したこと。母子家庭だったこと。地震のとき、隣に寝ていた母が覆いかぶさって助けてくれたこと。お母さんのことを一日も忘れたことがないこと。時々、どうしようもなく涙が込み上げること…。

 断片が、こぼれ落ちる。でも、心の内はうまく説明できない。

 「なんていうか、人に言っても仕方ないし」

 記憶の風化について聞くと、こうつぶやいた。

 「震災のことが忘れられても構わない。人間ってそういうものだから」

 あきらめの言葉に、頼れる人がいなかった孤独がにじむ。

 十年間、いろいろなことがあった。

 「地震がなかったら、まじめに育ってたかもなー」と祐二。「私も短大とか行ってたかも」と千尋。「ほんまかいな」と祐二。「ほんまやで」と千尋。

 二人はようやく、本音で語り合える相手を見つけた。

    ◆

 夢の中で祐二が父に伝えたいことは何か。

 「男の約束です」

 少しまじめな顔つきになった。(敬称略、文中仮名)

2005/1/14
 

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