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 「地震さえなかったら、こんなことにならなかったのに…」

 震災で父を失った船山真奈(21)はこの十年、何度も恨んだという。

 拒食と過食の繰り返し。心身症。リストカット。パニック障害…。細身の体にはあまりに過酷な体験が、真奈の心を押しつぶしていく。

    ◆

 全盲というハンディを背負いながら「仕事、子育て。すべての役割が私にのしかかってきた」と感じた母の静子(53)は、真奈と祐二の気持ちをうまく受け止めることができなくなる。

 大阪の小学校では多くの友人ができた姉弟だが、当選倍率二百倍の公営住宅に補欠で当たり、神戸市東部に戻ってきた一九九七年冬。心は次第に崩れ始める。

    ◆

 真奈、中学二年。

 リンゴが主食の生活が二年半。立ちくらみで風呂に入れないこともあった。「ダイエットにはちょうどいいか」。軽く考えていた。

 新しい中学校は、真奈に冷たかった。「クラス中によそよそしい空気が流れていた」。人懐っこく、いつも友人に囲まれていた真奈は戸惑う。

 クラスに軽い知的障害の女の子がいた。彼女が落としたペンを拾って手渡すと、「なんでそんなことするん」と“忠告”された。

 掃除の時間。誰もその子の机を動かそうとしない。そんなとき、全盲の父と母のことを思い、悲しくなった。

 「休み時間はつらかった」と真奈。広い教室にぽつんと取り残される。机の上に頭を伏せ、寝たふりをして考えた。

 祐二も新しい中学校になじめず不登校になる。家では、口げんかが絶えなかった。

 「なんで私なんか産んだん!」「生まれてこんかったらよかった」。そんな叫びを受け止めてくれる人はいなかった。

 「地震さえなかったら、お父さんさえ生きていたら…」

 真奈は机に突っ伏したまま、泣いていた。

    ◆

 真奈、高校一年。

 入学早々、担任はこう言った。「お前らは腐ったリンゴや」「辞めたいやつは辞めたらええ」

 「いまどき、こんなこと言う先生がおるんや」と驚く。学校にも家にもいたくなかった。

 放課後、一人でまちを歩き続けた。

 海側の阪神沿線から山手の阪急沿線へ。そして川の土手を下って戻ってくる。四、五時間かけてゆっくりと。

 「何も考えず、ぼーっと。歩いているときだけが自由だった。一歩ずつ前に進んでいるから」

 高校二年。

 ファストフード店でアルバイトを始める。働いてみて、まったく体力がない自分を知る。稼いだお金でハンバーガーをまとめ買いした。

 一日に五、六個。一気に食べ、口に指を突っ込んで吐く。「体の嫌なものが全部出るみたいで、気持ちよかった」。一週間、何も食べないこともあった。

 高校三年の夏。

 通学途中だった。ぼんやりと歩いていたら、スピードを落とした車が後からぶつかってきた。

 軽いけがで、一週間の入院。だが、病院で真奈はおかしくなる。

 突然、呼吸ができなくなる。必死で息を吸おうとしたまま意識を失う。

 医者は告げた。

 「心身症です。震災が原因ではないでしょうか」。<あの日>から七年がたっていた。

 祐二にも過酷な月日が待っていた。(敬称略、文中仮名)

2005/1/11
 

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