母の船山静子(53)に、弟、祐二(20)の話を聞いた。
「ほんとに大変で。お父さんがいてくれたら、あんなことにはならなかったのに…」
喫煙、無免許運転、シンナー、窃盗-。事前に抱いていた印象と違い、祐二は、いつも笑顔を絶やさない、礼儀正しい青年だった。
◆
「もともとやんちゃな性格なんです」。だから「ぐれたのは震災がきっかけとは思ってない」という。
漫画が好きで、その中に出てくる暴走族にあこがれた。地震後、転校した大阪の小学校でたばこを覚える。中学一年になると、無免許でバイクを乗り回した。
その冬。公営住宅に当たり、神戸に戻る。友人ができずに不登校になりかけたころ、初めて声を掛けてくれたのが不良グループの一人だった。
「すごい、うれしかったですよ」
授業を抜け出し、一緒にゲームセンターへ。バイクを盗み、朝まで乗り回した。
こんなこともあった。「今からお前の家に行こう」。遊び仲間が真夜中に誘った。
自宅に向かう。夜遊びが続く祐二を懲らしめるため、玄関のかぎは閉まったままだ。
「お前のかあちゃん、目が見えんから大丈夫やろ」。言われるまま、ベランダの窓から入る。
静子は気付く。寝たふりをしながら、胸が張り裂けそうになる。
「あんなに優しかった子が、なんで…」
父の一雄=当時(49)=の後を受けて公営住宅の一室に「船山診療所」を再開し、懸命に家族を支えようとした母、静子。マッサージ用のふとんが敷いてある診察室で正座をしたまま、「あのときは、本当につらかったです」と繰り返した。
◆
祐二、中学三年。
仲間にシンナーを勧められる。常習性があるから恐怖心があったが、「もともとがへたれ(意気地なし)なんで」。断る度胸がなく、ずるずると回数が増えた。
ビニール袋に透明の液体を流し込み、十五分、二十分…。頭がぼわーっとして夢見心地になる。
「ずっと、夢でもいいからお父さんと会いたいと思っていたのに、シンナーのときはだめでした」と苦笑する。
次第に、グループの中で上下関係が生まれる。祐二は使い走りのような役回りになる。正座させられ、顔面を何度もけられることもあった。
「助けてほしい」。ある夜、たまりかねて母に訴えた。静子は警察に出向き、児童養護施設を紹介してもらう。
中学三年の秋。仲間と距離を置くために、全寮制の施設に入る。
◆
心身症と診断された姉の真奈はどうか。
「震災が原因ではと言われて、途方に暮れました。だって、どうしようもないじゃないですか」
生活の激変が心と体をむしばんでいた。
高校三年の秋。友人から「すっとするよ」と言われていたリストカットをしてみる。ふろ場で、手首にかみそりを当ててみた。
怖くない。のこぎりのように、ぎこぎこと引いてみた。
しばらく間があって、じわりと赤い血が広がっていった。(敬称略、文中仮名)
2005/1/12