日々の暮らしでさえ大変なのに、大災害に襲われたら…障害のある子や医療的ケアが必要な子がいる家庭にとって、「防災」は切実な悩みです。わたし自身、中学3年生の息子には知的障害と肢体不自由、自閉症があり、「パニックにならず避難できるのか?」など、心配は尽きません。
どんな公的、社会的支援があるのか、わたしたちは何をすればいいのか。保護者のひとりとして参加した会をきっかけに、考えました。
1月5日、西宮市役所第二庁舎。市内のNPO法人「a little」が主催した「ケアの必要な子どものいる家庭の防災について考える会」に、医療的ケアが必要な子と家族や福祉関係者らと一緒に参加しました。
防災危機管理課の担当者によると、災害時に機能すると言われている支援の割合は、自助:共助:公助=7:2:1。「障害のある子の家庭は、自助の割合をもう少し高くみておく必要がある」と言います。
災害=とにかく避難!と考えがちですが、障害のある子が避難所で生活するのは、難しいことも多い。
「①避難所に行かなくて済む準備」や「②支援物資にわが子が使えるもの、食べられるものがありそうか、考えること」が大事だそう。
※大前提として、家具の転倒防止も欠かせません。
①家庭の備えに必要なのは、水と携帯トイレ。カセットボンベとコンロ、食器を毎回洗わずに済ませるためのラップ、はみがきタオルなどもぜひ備えたい。医療機器を使用する子は、電源が命綱。市として、避難所に電気自動車を派遣してもらう協定も結んでいるものの、被害が広範囲にわたる場合はどれだけ行き渡るか分からないのが実情です。
その後調べてみると、ネットにもさまざまな情報がありました↓
医療機器が必要な子どものための災害対策マニュアル~電源確保を中心に~https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/cooperation/shinsai_manual.pdf
②紙おむつや生理用品などは、災害時に手に入りづらいと言われていましたが、今は要請がなくても発送される「プッシュ型支援」で、早ければ翌日から届くそう。一方、経管栄養剤などは市の備蓄にもなく、ある程度保管したり、避難時に持ち出したりする必要があります。
息子も毎日てんかん薬を飲んでいた時期があり、一週間分を常に持ち歩くようにしていました。
発作が起きた際の座薬は要冷蔵のため、100均で買ったケースに入れ、冷蔵庫ドアに「避難時に持って行くこと!」という貼り紙も。飲み込む力が弱いので、備蓄食もなるべく、柔らかく飲み込みやすいものにしています。
災害時には、処方箋がなくともお薬手帳で薬を出してもらうことも可能。お薬手帳も普段から持っておくよう教わりました。とは言え、薬の供給が滞るおそれもあり、遠方の親族宅などに移動するのも一手だと、同課の担当者。
この会で何度も出たのが、「個別避難計画」と「福祉避難所」の話。
ちょっと難しそう…ですが重要な情報なので、県やほかの市から聞いた話もまじえ、整理しながら見ていきます。
◇◇◇
【1】個別避難計画
わが家に昨年5月、市から「(息子の)個別避難計画をつくりましょう」という案内が届きました。自力での避難が難しい「避難行動要支援者」が、どこに避難するか、だれに避難を助けてもらうか…などを決めておく計画です。
2024年1月の能登半島地震の際、こちらでも緊急地震速報が鳴り、子どもたちに「机の下に潜って!」と促すと、慣れないことが苦手な息子はパニックに。いろんな想定をしておかないと…と痛感しつつ、目の前の学校のことなどに追われ、避難計画を市に提出できないまま8カ月がたってしまいました。
同様の家庭が多いのか、この避難計画は多くの市町でなかなか作成率が上がっていないそう。
今回の取材を機に、計画書への記入を進めてみると、「このあたりは高潮の被害のおそれもあるのか…」など、初めて知ったこと、考えたこともたくさん。わが家の地元自治会が市の「避難支援団体」に登録しており、息子の避難を支援するサポーターさんをお二人、決めてくれています。避難計画には、避難時にどんな配慮が必要かを書く欄もあり、サポーターさんにさらに詳しい情報が伝わるよう、なるべく早く出そうと思っています。
避難計画の対象は、身体障害者手帳1、2級の1種保持者など条件があるそうですが、「うちも作れるのかな」と思ったかたは、お住まいの市町に問い合わせてみてください。
【2】福祉避難所
ニュースなどでちらほら聞く、福祉避難所。障害者手帳があったり妊娠していたりしたら、災害時、すぐに行ってもいいのかな…?と思っていたものの、基本的にはまず一般の避難所に行き、職員らに「この人は、福祉避難所に行ったほうがよい」と判断されれば利用できるのだそう。
県災害対策課によると、福祉避難所は小学校区に1カ所が目安。とは言え、少子化で「広い町に小学校が1校だけ」といった自治体もあり、各市町が実情に応じて整備しているのだと言います。支援学校や公共の福祉施設のほか、民間のデイサービスや作業所なども福祉避難所とされています。
国としては、「いったん一般の避難所に行ってから」ではなく、福祉避難所に直接行ける体制づくりを後押し。西宮市は2026年度から、一定の対象者は事前に登録して直接避難できるよう、整備を進めています。
「災害が起きたら、どうなるのかな…」が、まだまだ見えない福祉避難所。宝塚市と同市社会福祉協議会は昨年12月、福祉避難所の開設訓練を初めて実施しました。障害のある人たちにも参加してもらい、段ボールベッドでは寝起きが難しいといった課題が浮かびあがったそう。「実際にやってみる」「当事者も参画し、ともに考える」のは、双方に大きなメリットがあると感じています。
県災害対策課では、まずは家族で、さまざまな災害を想定しながら避難場所まで歩いてみたり、非常食をつくってみたりするよう勧められました。
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最後に、わが家が心がけていることをひとつ。
「地域の学校園に通うこと」も、息子の命を守る災害対策だと思ってきました。
息子が約500グラムで生まれた1カ月後、東日本大震災が発生。地元・仙台の家族も被災し、避難所は満杯だったため、マンションの住民で物資を持ち寄って炊き出しを続けたそう。母はその後、日本てんかん協会宮城県支部代表として電話相談などに奔走。障害や病気のある人は避難所に行きづらく、情報もないまま孤立したと聞きました。
もしものときの避難先が、通い慣れた学校であってほしい。地域の人たちに、息子の顔と、どんな子どもなのかを知っておいてほしい。普通校に通い続けるのは言い尽くせない苦労もありましたが、息子を通じて、わたしたち家族もたくさんのつながりができました。
避難支援のサポーターとして登録してくれたのは、息子の同級生のママたち。「自助」が大切なのは分かりつつも、ケアが必要な子や赤ちゃん、お年寄りなど、家族だけでは守り切れない人も多く、少しでも助け合える環境をつくれたらと、PTAで活動したり地域のつどい場に参加したりしています。
不安を漠然と抱えず、「知る、知ってもらう、一緒に考える」が重要な一歩。今回の取材であらためて学びました。西宮の会では終盤、「100点でなくていいので、できることを」「今日、ここに来ていることが防災のひとつなんですね」という感想が交わされていました。
(すきっぷスタッフ・萩原 真)























