20歳を過ぎた頃、小説家になることを決意して新人賞に応募を始めた。就職活動もせず、卒業後ひたすら小説を書いた。年を経るごとに応援してくれる人は減っていった。面と向かって「むりむり」と笑う人もいたし、親身になって「やめとき」と忠告してくれる人もいたが、僕は気にしなかった。
数年経(た)つと「小説続けてるんや!」と言われるようになった。さらに時が過ぎると「えっ? まだ書いてるの?」と驚かれるようになった。僕は淡々と書き続け、落選を繰り返した。
2年前、ようやく新人賞を頂いて新人作家としてデビューした。小説家になることを心に決めてから26年の歳月が経っていた。僕は今年で50になる。
どうしてそこまで続けられたのか、夢を叶(かな)えてすごい、といった言葉を当時頂いたがどちらも僕にはピンとこなかった。小説を書くことは呼吸をすることだ。小説家になることは夢ではなく、僕にとっては現実的な問題だった。
その現実感を支えてくれた人がいる。プロ野球の元選手であり、今は名コーチとして長年活躍されている立石充男さんである。僕が赤子の頃からお世話になっている立石さんは、かつて僕が小説家になりたいという話をした時にあっさりとこう言った。「なれるやろ。俺もなれたもん」
生存バイアスと言われるかもしれないが、その言葉に僕は何度も奮い立たされてきた。立石さんの存在と言葉が僕にそれを夢だと思わせなかったのだ。
夢という言葉は美しいが、どこかに不信の臭いがある。そこを信じ切ることで夢はただの現実となり、そうして初めて可能性が生まれる。現実に降ろされたものは、時として掴(つか)むことができるのだ。
【おおはら・てっぺい】1976年大阪府生まれ。関西学院大卒。作家。空間デザイナーとして働きながら執筆。小説「森は盗む」で林芙美子文学賞大賞。近著に「八月のセノーテ」(朝日新聞出版)。




















