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Cさんの肩に貼られた湿布。「いつか貼らなくても生きていける日が来ると思っていたけど、無理だった」=伊丹市内
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Cさんの肩に貼られた湿布。「いつか貼らなくても生きていける日が来ると思っていたけど、無理だった」=伊丹市内
事故車両から乗客を救出するレスキュー隊員ら=2005年4月25日午前11時50分、尼崎市久々知3
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事故車両から乗客を救出するレスキュー隊員ら=2005年4月25日午前11時50分、尼崎市久々知3

■何もできず、すみません

 7歳の長女、4歳の長男とお風呂に入りながら、兵庫県伊丹市の会社員男性Cさん(34)は、また迷宮に入ったような思いにとらわれる。

 脱線事故の瞬間、洗濯機の中にでも放り込まれたようだった。大学1年生で背骨を折る重傷を負ったが、奇跡的に助かったのは、誰かが自分のクッションになってくれたからではないかと考えてしまう。

 もしあの時に自分が死んでいたら、この子たちは存在しなかった。もしあの電車に乗っていたのがわが子だったら…。想像すると、生きていける気がしない。

 公園で遊んだり、何げない手紙をもらったり、家族と過ごす幸せを強く感じるほど、事故への憤りがこみ上げる。二度と起こさせたくない。でも自分に何ができるのか。行き着く先は、いつも無力感。慌てて堂々巡りにストップをかける。

 「事故はもう付き合っていくしかない、過去の事実だと思ってる」

 肩から腰にかけての痛みは消えない。痛み止めの湿布は毎日欠かせず、あざのように痕が付いている。

 大学生活のスタートダッシュを切ろうとした矢先に事故に遭い、3カ月間入院をした。電車に乗るのが嫌になって1人暮らしを始めたが、家に招くことのできる友だちはいなかった。

 「俺、何をしてるんやろう」。前を向こうとしても、治療で病院に行くたびに虚無感に取りつかれた。

 休学はしないと決め、遅れを取り戻すために夜まで授業を詰め込んだ。「ここで甘えたら、自分にも事故にも負けてしまう」。2年生になってサークルに入った。空元気でも楽しそうに振る舞っているうちに友人も増え、ようやく「落ち込んでいても前に進めない」と思えるようになった。

 就職を機にJR西日本と示談したのは、事故を吹っ切りたかったからだ。「せめて自分にできることを」と、医療システムのエンジニアとして働き始めた。

 「病院って患者はみんな早く帰りたいと思っているはず。医療システムで円滑に業務が回れば、それが実現できる」。つらい記憶が詰まった病院に携わる道を、あえて選んだ。

 子どもを授かり、健やかであってほしいと願うほどに、大切な存在を亡くした遺族を思う。「何もできなくて、すみません」。心に影が差すたび「生かされた命。目の前の人生を精いっぱい生きることしかできない」と言い聞かせる。

 良いことがあった時、悪いことがあった時、亡くなった人のことを考える。行き詰まると「せっかく生かされたのに、何をしているんや」と奮い立たせる。

 気付けば、職場で中堅社員になった。最近は後輩や周囲に目を配る余裕もできてきた。

 「自分のことだけ考えてたらあかんよな。仕事以外でもそうなんやろなって気付けて、ささやかだけど、精神的に成長できたんじゃないかな」

 そう思えた時は、空へ向けて報告し、少しだけ胸を張れる気がする。(大田将之)

【バックナンバー】

(1)4人のあの日

(2)罪悪感

(3)戒め

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