市内に残る防空壕の一つ=神戸市長田区平和台町(市提供)
市内に残る防空壕の一つ=神戸市長田区平和台町(市提供)

 神戸市は、戦時中につくられた防空壕(ごう)に関する調査結果をまとめた。市民からの情報提供などで計38基が判明し、その中で現存は13基だった。戦争の記憶を伝えるため、市のホームページ(HP)で防空壕の概要や写真を公開している。

 2月下旬から情報提供を呼びかけ、今夏までに集まった情報を整理した。38基のうち、公開の承諾を得られた37基についてHPで紹介している。

 所在地の内訳は東灘区1▽灘区7(現存3)▽中央区12▽兵庫区3▽北区1▽長田区1(同1)▽須磨区7(同5)▽垂水区5(同3)▽西区0-だった。

 防空壕の形態は山の斜面に掘られた洞窟や庭に造成した築山、民家床下の地下室など。情報提供者が語ったエピソードを掲載しており、須磨区大手町の壕に関しては「日露戦争に出征したおじいさんが日本も攻撃されるかもしれないと、その時のためにと地下室を作った」と時代の空気感を伝える。既に消失した壕でも市民の記憶に残る逸話を載せている。

 市担当者は「薄れゆく戦争の記憶をとどめる上で(防空壕の存在は)意味があると考える。市内にあった防空壕の全容は分かっておらず、情報があれば寄せてほしい」と呼びかける。

(金 旻革)