トアロード(中央区)の北端にあり、通りの由来になったとされる「トアホテル」。神戸出身の直木賞作家、陳舜臣さんは著書「神戸ものがたり」の中で「じつに趣のある建物(中略)海岸にあるオリエンタル・ホテルにたいして、山のホテルといわれていた」と記す。往時の姿は神戸山手のランドマークだったわけだが、開業前、この地にあったのが、トアの由来でもある邸宅「The Tor(ザ・トール)」だ。聞けば、神戸でよく知られた、ある外国人とのゆかりがあるという。(門田晋一)
ザ・トールには、英国人F・J・バーデンズが暮らしていたというが、トアロードの歴史に詳しい宇津誠二さん(68)は「旧ハンター住宅にヒントがあります」と教えてくれた。
旧ハンター住宅とは、日立造船の前身に当たる大阪鉄工所を創設した英国人実業家E・H・ハンター(1843~1917年)が晩年を過ごした建物。現在の同区北野町3にあったが、63年に王子動物園(灘区)に移築され、66年には国重要文化財となった。
木骨(もっこつ)れんが2階建てで塔屋が付く優雅な建物。現存する神戸の異人館の中で最大級の規模で、豪華な面影をしのばせる。今も北野町にハンター坂の名が残るほど、港町神戸の歴史を伝えるシンボルだ。
「異人館博士」こと、故坂本勝比古・神戸芸術工科大名誉教授が執筆し、市教育委員会が発行した「神戸市文化財調査報告5 神戸の異人館-居留地建築と木造洋館」(62年)には、こんな記述がある。
「かつてトアホテルのあった場所に建てられていたものを、ハンター氏が買い取り移築」
県教育委員会がまとめた移築工事報告書(64年)にも、トアホテルがあった場所に、ドイツ人貿易商エー・グレッピーが1889(明治22)年に建てた居宅をハンターが買い取り、改装したことが記されている。
神戸市によると、ハンターが北野町背後の高台に居宅を造るにあたり、買い取り、改造。棟札などから「創建 89(明治22)年頃/移築・改装 1907(明治40)年」と紹介する。08年のホテル開業直前まであった邸宅をハンターが移築しており、宇津さんも旧ハンター住宅がザ・トールの可能性が高いとみる。
旧ハンター住宅を見た上で、トアロードの北端、現・神戸倶楽部を囲む石垣前に立った。ザ・トールの時代を想像していると、人の背丈を優に超える石垣の一つに謎の刻印を見つけた。
「城の石垣を除き、刻印があるのは珍しく、高い技術力で築いたことを示したかったのかもしれません」。そう指摘してくれたのは、武庫川女子大学の三宅正弘教授(54)だった。