武庫小校区地域防災訓練で、消火器の使い方を教える岡田佳保里さん(中央)=三田市武庫が丘4
武庫小校区地域防災訓練で、消火器の使い方を教える岡田佳保里さん(中央)=三田市武庫が丘4

 東日本大震災が起きた15年前、仙台市の職員として勤務していた女性が、その後移住した兵庫県三田市で、防災への取り組みに力を入れている。当時の体験や被災地で行われた新聞社の報道など、今後起こりうる災害への対策に生かせる情報を発信。「さんだ防災リーダーの会」にも加わり、「何か伝えられることがあるはず」と、将来を見据えている。(黒田耕司)

 「ホース引き出して」「狙いを定めて」。8日に武庫小学校で開かれた防災訓練で、参加者に消火器の使い方を教えた岡田佳保里さん(35)。「帰り気を付けて。勉強頑張れよ」。気さくな声かけに、子どもらもうれしそうに笑顔を見せた。

 防災リーダーの会入会には、防災士の資格が必要だが、岡田さんは同会に熱意が認められ、今年、「準会員」として特別に招かれた。今後、資格取得を目指す。

■復興業務に追われ

 2011年3月11日、仙台市泉区役所道路課の職員だった岡田さんは、区役所で事務仕事中、強い揺れに襲われた。記録によると、同区は震度6弱を観測。電気は止まり、橋や道路も破損するなど、ライフラインに大きな被害が出た。「直後は、被害情報を図面に落として現場に伝えたり、津波にのまれた地域の整備に携わったり、復興業務に追われた」と振り返る。

 一度ダメージを受けた道路は、余震で陥没するなどさらに被害が拡大し、気の抜けない日々が続いた。仙台市から派遣され、宮城県女川町で漁業集落の復興にも携わった。

■「KIZUNA」立ち上げ

 三田には、結婚を機に18年に移住。コロナ禍や出産を経て一昨年、友人らと、グループ「KIZUNA(きずな)」を立ち上げた。子ども向けの自転車教室など親子で楽しめるイベントを企画し、グループで防災に関心のあるメンバーとも出会えた。

 「絆は震災でクローズアップされ、三田でも強く感じた言葉。人とつながって、兵庫に住む人の防災意識の高さに気付くことができた。経験から、何か発信できないか考えた」と、周囲に触発されるかたちで、被災体験を見つめ直した。

■勉強しながら一歩ずつ

 震災当時の記憶や土木関係の知識について、地域の人たちに伝える活動を模索する中、最初に頭に浮かんだのが、宮城県石巻市などで発行する「石巻日日新聞」だった。

 同新聞は、震災で輪転機が使えなくなり、手書きの壁新聞を、避難所に張り出した。大きな紙にペン書きし、地域の被害情報を細かく伝えたのに加え、「正確な情報で行動を!」と警鐘を鳴らした。

 停電でテレビなどが使えず、正確な情報を得ることに苦労した岡田さんは、三田で活動するに当たり、同社に連絡を取った。国立国会図書館に保管される壁新聞のコピーを得るなどし、昨年12月に三田市内で開いた防災イベントなどで掲出。現地を知らない人のため、新聞社の紹介や、自治体の人口比などを付け加え、分かりやすく伝えた。

 「当時は恐怖をあおるような情報が多かった。正確なニュースを伝える存在自体が、安心に結びついたんじゃないか。紙とペンがあればできることがあることが分かる貴重な資料」と、新聞を見ながら実感する。

 今、小さな子2人の育児に追われる毎日を送る。ただ、「津波や豪雨災害の大変な映像は知ってるかもしれない。でも、家の前の道路がどうなるか、イメージできない人は多いと思う。少しでもいいから、防災に関心を持ってもらえるよう、自分も勉強をしながら、一歩ずつやっていきたい」と、息長く活動を続けていくつもりだ。