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発掘された須恵器とすぐ近くで見つかった鉄器。背後には掘立柱の跡がある=太子町吉福
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発掘された須恵器とすぐ近くで見つかった鉄器。背後には掘立柱の跡がある=太子町吉福
東西南北を意識したとみられる丸い石の配置。西以外の3方向から見つかった(太子町教育委員会提供)
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東西南北を意識したとみられる丸い石の配置。西以外の3方向から見つかった(太子町教育委員会提供)

 兵庫県太子町教育委員会は、水道施設工事に伴い発掘調査した「吉福西遺跡」(同町吉福)で、弥生時代以降の遺構が見つかったと発表した。平安時代の須恵器が原形をとどめて出土し、周囲に石や鉄器が並べられた祭祀(さいし)の跡があることも確認された。町教委は「狭い範囲の発掘で時代の変遷が分かるのは貴重」としている。(直江 純)

 発掘調査は、水源地の電気棟建設予定地約140平方メートルで5月26日から実施。7月3日に地元説明会を行った。

 町教委が最も注目したのは平安時代の須恵器。周囲には丸まった石が数個づつまとまって北と東、南方向に配置されており「無造作に置かれたのではなく、方位に沿って丁寧かつ複雑な手順で据え置かれている。西にもあった可能性が高い」という。

 すぐそばには掘立柱の跡があるため「地鎮祭のような祭りか、土地区画の条里を設定するための祭りの道具ではないか」と推測している。このほか、より地表に近い中世の地層からは、水路のような傾斜した溝が見つかり、畑作が行われていたと考えられるという。

 さらに説明会後の7日には、須恵器のすぐそばで鍬(くわ)のような鉄刃が出土した。奈良時代の「播磨国風土記」では佐比岡(さひおか)(現在の同町佐用岡周辺)の地名の由来が「サヒ(鍬)を作って祭った」と解説している。

 町立歴史資料館の河岸和樹学芸員(31)は「風土記とは年代が違い関連ははっきりしないが、須恵器に加えて鉄器が出土したのは大きな成果。祭りの目的を明確にしていく手掛かりになる」と興奮を隠しきれない様子だった。

 出土品の一部は7月末にも町役場1階の情報ギャラリーに展示する予定。

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