半世紀前にＮＨＫで放送されたドラマ「すべってころんで」の録画映像を、元ＮＨＫ副会長の堂元光さん（７２）＝兵庫県宍粟市＝が探している。同市一宮町の景勝地「福知渓谷」に別荘を構えた作家田辺聖子さんの同名小説が原作。ドラマの台本には「福知渓谷」と書かれたシーン表もあり、実際に宍粟ロケが行われたのか気になるところだが、ＮＨＫには録画テープが保存されていないという。「幻の作品」は今どこに？。（村上晃宏）

　同ドラマは１５分番組「銀河テレビ小説」の一環として、１９７３年５月１４日～６月８日の午後１０時から計２０回放送された。三ツ矢歌子さんが主演を務め、戸浦六宏さんや二宮秀樹さん、古根妃佐子さん、島かおりさんらが出演した。

　主人公は４０代の主婦。４０代の夫と高校生の長男、中学生の長女とともに大阪・千里ニュータウンの団地に住む。夫は未確認生物「ツチノコ」探しに力を注ぎ、長男は学生運動に傾倒、主人公も東北へ感傷旅行に出かける。それぞれに悩みや不安を抱えながらも絆を強める家族像は現代に通じるストーリーだ。

　小説では主人公たちが福知渓谷を訪れ、釣りや食事を楽しむ描写もある。大阪を舞台にした物語に福知渓谷が出てくる由縁は、著者の田辺さんが同渓谷の風景に魅了されたからだ。

　交流が深かった地元の男性によると、田辺さんは６４年に芥川賞を受賞した後、初めて福知渓谷を訪ね、その美麗な景勝を気に入って川沿いに別荘を建てた。酒を飲むと踊りを披露する「親戚のおばちゃん」のような人柄だったと追想する。

　旧一宮町が９６年、旧福知渓谷休養センター前に文学碑を建立。小説の一節「このあたり、福知渓谷といって、清い流れが岩をかんでしぶきを散らし、両側の緑が濃く、風もまっ青に感じられる、眺望絶佳の場所である」が刻まれ、田辺さんも除幕式に参加した。

　だが、２００９年の県西・北部豪雨で別荘が浸水被害を受け、福知渓谷の風景も変容した。田辺さんは体調を崩していたため、水害後は訪れる機会がなく、１９年に９１歳で亡くなった。

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　宍粟ゆかりのドラマと言えそうだが、ＮＨＫのアーカイブスには番組名や放送日時、出演者ぐらいしか載っておらず、詳しいロケ地なども分からない。

　なぜ、ＮＨＫに映像が保存されていないのか。当時の放送用ビデオテープは１本約１００万円。高級車が買えるほど高価なため、何度も上書きをして使い回していた。番組の保存に取り組み始めたのは１９８１年のため、テレビ放送開始の５３年から７０年代分は「大河ドラマ」でさえ数本しか保存されていないという。

　ＮＨＫでは、家庭用ビデオテープなどに残る過去の番組の提供を呼びかけており、保存状況が良ければ、再放送も可能という。

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　堂元さんは大阪放送局長時代、県西・北部豪雨で変わった福知渓谷を視察しに訪れた。田辺さんの文学碑を見てドラマの存在を知り「そういえば、入社前に三ツ矢さんや戸浦さんが出ていたドラマを見た気がする」と思い出した。その後、ＮＨＫ内で放送用テープを探したが、台本のみが見つかっただけという。

　放送第１６回の台本には「福知渓谷」と書かれた場面があり、山小屋や食堂で登場人物たちが会話するシーンが描かれている。ただ、地元の男性によると「実際に福知渓谷で撮影したかは分からない」と話す。

　堂元さんは退職して故郷の宍粟に戻った後も、知り合いにドラマの録画テープの話を持ちかけるが、いまだ見つかっていない。堂元さんは「古い映像は宝。その宝と宍粟が深く結びついているなら地域の誇りになる。録画テープがあれば、ぜひ連絡を」と呼びかけている。