スマトラ沖地震で津波にのまれる経験をした豊岡署の中村健吾警備課長=豊岡市竹野町轟
スマトラ沖地震で津波にのまれる経験をした豊岡署の中村健吾警備課長=豊岡市竹野町轟

 大津波で22万人以上の死者・行方不明者を出した2004年12月のインドネシア・スマトラ沖地震から、26日で20年となる。人気のリゾート地が「TSUNAMI(ツナミ)」に襲われ、日本人も40人が命を落とした。兵庫県警豊岡署の中村健吾警備課長(41)は観光中にタイ沿岸部で津波にのまれたが、九死に一生を得た。防災への思いを強め、兵庫県警本部では災害対応を担ってきた。あの日、海の向こうで何があったのか、教訓は何か。経験者の声から振り返る。(阿部江利)

 中村さんは但馬出身で、学生時代にバックパッカーとして各国を巡った。04年12月は大学卒業を前にカンボジアやミャンマーなどを1人で旅しており、24、25日はタイのプーケット島に近いパンガー県カオラックでダイビングを楽しみ、帰国のため26日朝のバスで空港に向かう予定だった。

 あの日の朝は、浜から約100メートル離れた安宿のバンガローでバスの出発時刻を待っていた。いきなり「ガチャン」という大きな音とともに、濁流が窓を打ち破って押し寄せ、次の瞬間には建物が泥にのまれた。自らも訳が分からないまま水没し、視界を奪われた。