乗客106人と運転士が死亡した尼崎JR脱線事故は、25日で発生から21年となる。尼崎市久々知3の現場マンション跡に整備された追悼施設「祈りの杜」では、同日午前から追悼慰霊式が営まれ、遺族や負傷者、JR西日本の社員らが犠牲者に祈りをささげる。
24日、アーチ状の屋根の下で事故現場のマンションが4階部分まで保存されている祈りの杜では、白いテントやシートが並び、式典の準備が進んでいた。隣接する宝塚線を電車が通常通り行き交い、現場カーブを通過する際に頭を下げる乗務員の姿も見えた。
事故は2005年4月25日午前9時18分ごろ、尼崎市のJR宝塚線塚口-尼崎間で、7両編成の快速電車が制限速度を超えてカーブに進入。脱線し、線路脇のマンションに衝突した。
昨年12月には、事故車両の保存施設が大阪府吹田市に完成した。全7両のうち、損傷し復元困難な1~4両目は部品ごとに整理して並べられ、5~7両目は連結して元の状態で保管されている。原則非公開で、JR西は遺族や負傷者らを案内しているほか、JR西グループの社員約4万人も研修で順に訪れている。
25日の式典は午前9時45分から開かれる。一般献花は同日午後3時半~同8時。(岩崎昂志)























