全国戦没者追悼式に参列した徳田保幸さん=15日午前、東京都千代田区、日本武道館
全国戦没者追悼式に参列した徳田保幸さん=15日午前、東京都千代田区、日本武道館

 東京で15日に開かれた全国戦没者追悼式では、兵庫県代表として徳田保幸さん(82)=尼崎市=が献花した。沖縄戦で亡くなった父親の遺骨は、81年がたった今も見つからないまま。父親の記憶がない中、「生きとってほしかった。生きた姿で会いたかった」と心の中で語りかけた。

 徳田さんの父真造さんは、阪神電鉄の設計技師だった。身長180センチの大柄で「真面目で厳しかったが、子どもたちを大事にしていた」と母キヨ子さん(故人)から聞かされてきた。

 召集されたのは徳田さんが生まれて数カ月後。京都の舞鶴から旧満州(中国東北部)に渡り、最終的に沖縄へ。日本軍が追い込まれ、多くの人々が犠牲になった糸満市で亡くなった。

 戦時中に尼崎から徳島に疎開していた徳田さん一家。キヨ子さんは女手一つで徳田さんらきょうだい3人を育てた。徳田さんも農業や家事を手伝った。「おやじがいてくれたら…」と思うことも多かった。

 徳田さんには真造さんの記憶がない。覚えているのは、戦後に戻ってきた遺骨箱の中には骨がなく、空っぽだったことだ。戦没者の遺骨の身元を特定して返還する厚生労働省の事業を知り、DNA鑑定の依頼も出しているが、該当する骨はまだ出てこない。

 「高齢で最後の機会かもしれない」。徳田さんは初めて式に臨み、兵庫県から参加した遺族44人を代表して献花した。「父に会えるかな」と、6歳年上の姉も参列した。孫世代の遺族も多く、徳田さんは「戦争のない平和な社会をつくる願いを受け継いでくれる」と期待を込めた。(高田康夫、竜門和諒、名倉あかり)