芦屋市出身の元大関貴景勝が28歳で10年に及ぶ力士生活に終止符を打った。幕内優勝4度、優勝同点や準優勝も大関として5度。突き押し一本で看板力士の重役を5年担った。現役時代に見せた勝負への執念、土俵外での優しさ-。希代の郷土力士を取材した記者が、その素顔を紹介する。
2019年3月。兵庫出身者では39年ぶりとなる大関取りに挑んだ春場所から、担当記者として追った。大関として初めて番付にしこ名が刻まれた日、単独取材する機会があった。東京の所属部屋を訪れた記者が過去の新聞記事を手渡すと、大関はすぐに手に取り「ずっと覚えていますよ。あれがあるから今の俺がある」と食い入るように見つめた。
2011年8月、中学横綱に輝いた報徳中時代の記事だった。父と二人三脚で極めた突き押し相撲、育ててくれた両親への感謝、中学卒業後に単身で離れたからこその故郷への思い…。インタビューで相撲人生の原点に触れ、地元のファン、読者にその思いを伝えたい、そしてもっと応援したいと思うようになった。
土俵や支度部屋では、勝っても負けても表情を表に出さない古風な力士。でも土俵を下りれば、ちょっとわんぱくで心優しかった。取材で好きなものについて話が及んだ時、「炭酸水がこの世になかったら無理。喉の奥で炭酸つぶすのが好き」と豪語した。記者が興味を示すと後日、利き酒ならぬ「利き炭酸水」を披露してくれた。酒席では「お酒は飲んだら1本で眠くなる」と本人は遠慮しながら、歳の近い記者にたくさん飲ませてくれた。取材で再会すると「あの時は大丈夫でしたか」と駆け寄り、人懐っこい笑みを浮かべて気遣ってくれた。