奈良市の薬師寺旧境内跡の発掘で、奈良文化財研究所(同市)は5日、創建時の大型建物跡を確認したと発表した。南北幅最大22メートルで、金堂などの中枢施設に匹敵する規模。境内東の「東院堂」と対をなし、未確認だった奈良時代の「西院堂」の可能性が高いという。
研究所は昨年、創建時の様子を伝える文献「薬師寺縁起(護国寺本)」などで西院とされる場所を発掘。東西方向に並ぶ凝灰岩の石列を2カ所で確認した。基壇(建物の土台)の外装部分に当たり、石列と石列の間には基壇の土も一部残っていた。
石列は奈良時代に整地された土の直上にあり、動かした痕跡もなく、研究所は創建時の遺構と判断した。石列間の幅から、建物の南北幅は最大22メートルと推定。北側に幅約4・8メートルの階段部分も見つかった。金堂の階段幅(約3・8メートル)を超えており、伽藍の中枢施設に匹敵する規模とみられる。
薬師寺縁起には、東院に正堂と細殿の2棟が隣接して存在し、西院は1棟という意味の記述がある。























