インバウンド(訪日客)の数が回復してきた。政府観光局によると、2023年1~6月(上半期)は累計1071万2千人に上り、4年ぶりに1千万人を超えた。新型コロナウイルス感染拡大前の19年同期の6割超まで戻った。

 今年下半期は急増が予想される。コロナ予防対策の一環で日本への団体旅行を停止していた中国が、先ごろ約3年半ぶりに解禁に踏み切ったためだ。中国人客の増加に期待を寄せる観光地は少なくない。

 政府は25年に年間訪日客数3188万人を更新する目標を掲げ、大都市に偏っている集客の地方分散を目指している。兵庫県をはじめ各地が魅力をさらに磨き、インバウンド需要をうまく取り込みたい。

 その上で重要なのは、コロナ禍前に見られたような、地域の許容度を度外視したインバウンド頼みの風潮に陥らないことである。住民の生活環境が悪化すれば、地域の衰退につながりかねない。

 例えば、「水の都」と呼ばれるイタリア北部のベネチアは1987年の世界遺産登録以降、観光客増による交通渋滞や運河の汚染といったオーバーツーリズム(観光公害)が深刻化し、住民が減っている。国内でも京都市ではバスや鉄道の混雑、ごみ捨てなどの苦情が増えている。

 生活環境に加え、自然環境や景観の保全を含めた持続可能な観光振興策が求められる。日本政府は「住んで良し、訪れて良し」の地域づくりを掲げる。国は自治体任せにせず、観光公害の問題に向き合い、対策に本腰を入れるべきだ。

 ここへきて急浮上したのが、観光関連業界の深刻な人手不足である。コロナ下でホテルや旅館は多数の従業員を離職させてしまい、今度は人手の確保に苦労している。受け入れ態勢が十分ではなく、予約を断らざるを得ない宿泊施設も出てきた。

 世界旅行ツーリズム協議会(本部・英ロンドン)によると、2023年の日本の旅行・観光分野の雇用は推計560万人で、19年より30万人も減る見通しだ。

 兵庫県は今年7月に「人手不足問題対策会議」を設け、官民で対処法の議論を始めた。観光業では消費単価の高い旅行商品の拡充、自動チェックイン機導入など省力化、従業員の待遇改善も検討課題となろう。

 政府は23年から3カ年の「観光立国推進基本計画」で、富裕層の誘客を柱の一つに据えた。サービスの質的向上は大切だが、宿泊料金の高騰などで国内の旅行客が気軽に楽しめなくなるようでは本末転倒である。

 地域住民が地元への愛着を深められるような、観光振興の在り方を考えるときである。