年収が一定額を超えると、社会保険料を納めねばならない。それを避けようとパート従業員らが働く時間を抑える「年収の壁」を巡る問題で、政府が対策を決定した。

 専業主婦など扶養対象者が働く場合、勤務先の規模によって年収106万円や130万円を境に扶養から外れる。保険料を負担する必要があり、手取りが減る。これが「年収の壁」を生み出している。

 今回、従業員101人以上の企業での「106万円の壁」対策として、賃上げや手当で保険料を穴埋めした場合、1人あたり最大50万円を支給する。対象人数に上限は設けない。従業員100人以下の企業では、繁忙期の残業などで一時的に収入が130万円を超えても連続2年までは扶養にとどまれるようにする。

 政府の対策は、パート従業員らが本来負担すべき保険料を、国が実質的に肩代わりすることにほかならない。収入に応じて保険料を負担する社会保険の原則に反する上、働く人の間で不公平感を増大させる。制度の抜本的な見直しが必要である。

 本来なら、補助金頼みではなく、企業の自発的な賃上げ努力などによって、保険料を払っても手取りが減らないようにする方向で進めるべきだろう。10月からの最低賃金引き上げで、さらに働く時間を減らそうとする動きに対し、人手不足を懸念する企業の要望に応えた形だが、付け焼き刃の感が否めない。

 問題の根本には、会社員や公務員に扶養される人は「第3号被保険者」とされ、保険料を払わなくても年金を受け取れる仕組みがある。同じ共働きでも夫婦ともにフルタイムで働き保険料を支払う世帯や、収入に関係なく国民年金保険料を負担する自営業者らからの不満は根強い。

 「3号」制度は1986年に始まった。女性の働き場所が少なく、専業主婦が多数だった当時の社会状況を色濃く反映している。夫が働き、妻を養う構造は、女性の社会進出を阻んだだけでなく、低賃金の非正規労働を増やす一因ともなった。

 しかし総務省の労働力調査では、2020年の共働き世帯は1516万を数え、専業主婦世帯の2・3倍に達する。長く働こうとする人が不利になるような制度は、年金の支え手となる労働力の減少に拍車をかけている。

 25年には公的年金制度の改正がある。年金の給付水準を示す財政検証も24年に予定されるが、モデルは専業主婦世帯である。これで実態を反映した将来像を示せるのか。

 政府は、共働き世帯の増加など時代の変化に適応した制度改革を急ぎ、公的社会保障の持続性と公平性を高めなければならない。